世界ゴルフ殿堂の特別功労賞にノミネートされたホリンズ氏って?

ツアーの発展に貢献した人やコース設計家、インストラクター、メディアメンバーなどを称える特別功労賞。ゴルフ界にはさまざまな人がかかわっている 写真・Getty Images
ツアーの発展に貢献した人やコース設計家、インストラクター、メディアメンバーなどを称える特別功労賞。ゴルフ界にはさまざまな人がかかわっている 写真・Getty Images 【拡大】
 前回、来年の世界ゴルフ殿堂入りの選考手順について紹介したが、特別功労賞にノミネートされているマリオン・ホリンズ氏は、今では米国でも知る人は少ないが、ゴルフ界にとって大きな功績を残した人だ。

 ホリンズ氏は米国でゴルフが発展し始めた1920年代に、コース設立に尽力した女性実業家だ。

 1892年にニューヨーク州ロングアイランドに生まれたホリンズ氏。父のH・B・ホリンズ氏はウォールストリートで仲買業の会社を経営しており、鉄道王のコーネリアス・ヴァンダービルド家やJPモルガン財閥と取引のある、とても裕福な家庭だった。ゴルフのほかに乗馬の名手でもあったスポーツウーマン・ホリンズ氏は、全米女子アマチュア選手権で2位に入った1913年、父の会社が倒産するもゴルフからは離れず、8年後にタイトルを獲得。当時は女性がゴルフをすることが好まれない時代でもあり、地元クラブから女性が閉め出されたときには“ウーマンズ・ナショナルゴルフ&テニスクラブ”を設立、女性向けのコース設計も手がけるリーダーとなった。

 モールス信号を発明したサミュエル・モールス一族との仕事でカリフォルニアを訪ねたホリンズ氏は、モントレー半島のゴルフコース開発の手助けをすることになる。最大のプロジェクトは、ペブルビーチゴルフリンクスの創設である。そして、ペブルビーチGLの3キロ北側にサイプレスポイントクラブを造ったのだが、最初に同コースに着手した設計家が亡くなってしまい、ホリンズ氏は英国からアリスター・マッケンジーを抜擢(ばってき)した。

 当時、ゴルフ界のスーパースターのボビー・ジョーンズだったが、29年、ペブルビーチGLで開催された全米アマチュア選手権では1回戦で敗退。時間を持て余して、すぐ近くのサイプレスポイントCでプレーした際、美しさに魅了されたジョーンズは、マッケンジーが次に設計した、同じく北カリフォルニアのパサティエンポゴルフクラブのオープニングマッチに、ホリンズ氏のパートナーとしてプレーした。

 その数年後、ジョーンズが引退してオーガスタナショナルゴルフクラブを造ろうとした際、迷わずに設計を頼んだのがマッケンジーだった。パサティエンポGCと同じように、とマッケンジーのスタッフ全員をオーガスタの街に呼び、造り上げた。ホリンズ氏がマッケンジーを米国に招いていなければ、オーガスタナショナルGCは違うものになっただろう。

 他界して70年以上たつ人の功績を称えるのは、世界ゴルフ殿堂の意義の一つ。最終選出はこれから。ホリンズ氏がどう評価されるのか、楽しみにしている。

文・武川玲子
※週刊パーゴルフ(2020年4月21日号)掲載


武川玲子(たけかわ・れいこ)
大阪府出身。米国・ロサンゼルスを拠点に、米PGA、LPGAツアーを精力的に取材している。2011年にはその綿密な取材活動をたたえられ、LPGAグローバルメディア賞を受賞している。

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