レジェンドの死去を悼み全米女子オープンの優勝者が“ミッキー・ライト・メダル”に

スイングの美しさをベン・ホーガンが認めたことから、ミッキー・ライトは“女性版ベン・ホーガン”と呼ばれた 写真・Getty Images
スイングの美しさをベン・ホーガンが認めたことから、ミッキー・ライトは“女性版ベン・ホーガン”と呼ばれた 写真・Getty Images 【拡大】
 2月17日、伝説の女子ゴルファー、ミッキー・ライトが亡くなった。85歳の誕生日を迎えたばかり。自宅のあるフロリダ州の病院で、死因は心臓発作だった。

 日本のゴルフファンにはあまりなじみのないライトだが、1955年に米LPGAツアーメンバーになると、34歳で一線を退くまで通算82勝を挙げた。これはキャシー・ウィットワースの88勝に次ぐ歴代2位の記録で、メジャー勝利数も13勝と、こちらも歴代2位(1位はパティ・バーグの15勝)だ。

 米国内でライトが知られている理由は、ベン・ホーガンも「これまで私が見た最高のスイングだ」と称賛したという、スイングの美しさだ。そしてナンシー・ロペスやジュリ・インクスター、岡本綾子ら多くのトッププレーヤーが「最も尊敬するゴルファー」としてミッキー・ライトの名を挙げている。

 本名メアリー・キャスリン・ライトは35年、カリフォルニア州サンディエゴで生まれた。52年、全米ガールズジュニアで勝利した後、スタンフォード大学に進学、54年、全米女子アマは決勝で敗れたが世界女子アマで勝利し、プロ転向した。

 米LPGAツアーで戦ったのはわずか14年だが、61年から4年連続で賞金女王の座に就くなど、女子ツアーを席巻した。69年、34歳で足のケガから一線を退くと、その後は時折、試合やチャリティイベントに参戦していたが、73年を境に徐々に姿を見る機会はなくなってしまった。その間に乳がんを発症し、克服していたという。

 メディアにもあまり登場しないライトだったが、3年ほど前に米ゴルフダイジェスト誌のインタビューに応えている。

 ライトは当時82歳、フロリダの自宅はゴルフ場の中にあり、時折ウェッジを持って球を打っていた、という。

「昨日もフェアウェイから5球打って、その後そのボールを拾いに行った。大したことはないけれど、82歳としてはとてもいい健康状態よ。クラブをスイングすることが大好き。今でもスイング、始動、バックスイング、姿勢、ボールとの距離などを考え続けている」

 と、語っていた。

 3月1日、全米女子オープンを主催するUSGAは、今年の全米女子オープンの勝者を“ミッキー・ライト・メダル”と称することを発表した。全米ガールズジュニアに加えて全米女子オープン4勝はベッツィ・ロールスと並んで最多。生前、

「私のゴルフ人生はUSGAとともにあった。一つだけ残念だったのは、全米女子オープンで5勝できなかったこと」

 と、口にしていた。ゴルフを愛し、最後までゴルフスイングを探求し続けたライト。彼女のレガシーは全米女子オープンで生き続けるに違いない。

文・武川玲子
※週刊パーゴルフ(2020年3月24日号)掲載


武川玲子(たけかわ・れいこ)
大阪府出身。米国・ロサンゼルスを拠点に、米PGA、LPGAツアーを精力的に取材している。2011年にはその綿密な取材活動をたたえられ、LPGAグローバルメディア賞を受賞している。

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