【ゴルフノチカラ】 タカラジェンヌを諦めプロゴルファーへ「2年以内にシード、28歳までに賞金女王!」臼井麗華

臼井麗華(うすいれいか)
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真っ赤な着物ドレスでクラブを握り、ステージの上から客席に軽いボールを次々に打ち込む。
全国の成人式風景がテレビや新聞などで報じられた際、臼井のそんな姿に目を奪われたゴルフファンも少なくないだろう。

臼井麗香(うすいれいか)。やや垂れ気味の瞳にスレンダーなボディ。おっとりと話す様子はおとなしそうに見える。だが、ひとたびクラブを握れば、気の強さがにじみ出る。シーズン序盤、アクサレディス最終日の〝黄金世代〟最終組対決で一躍、注目を浴びた臼井の素顔と、意外な将来の青写真に迫った。

運動会で2位になり「中止にして!」と大泣き

今年のアクサレディスでは優勝争いをしてギャラリーからも注目を浴びた
今年のアクサレディスでは優勝争いをしてギャラリーからも注目を浴びた 【拡大】
「悔しいです」ひと言いって、唇をかんだ。同期対決の結果は、河本結が優勝。
6位タイに終わったアクサレディスを振り返った臼井麗香は、だが、すぐにこういって前を向いた。

「やるべきことが明確になって課題が見えてきました。緊張した中で真っ白になるんじゃなくて、自分の世界に入ることができました。これは大きなステップ。最終日にはキャディの声も聞こえないくらい(集中して)やれたのは大きかった。周りは『どうせ大崩れするんだろう』と思っていたかもしれませんが、そこそこチャンスがつくれた。

課題ですか? あれもこれもありますが、パターがダメですね。ショットは一番いいのにスコアが悪いのはそういうことです」

持ち前のおっとりとした話し方だが、内容はきっぱりとしている。

その裏に見え隠れするのは、小さなときから「2位はあり得ない」と考えてきた、とんでもない負けず嫌いの性格だ。1998年12月、栃木県鹿沼市で、父・剛さん、母・香理さんの間の長女として生まれた。息子とともに自動車販売店を営む祖父の庄一さんにとっては、かわいくて仕方のない初孫でもあった。

「おじいちゃんは生まれたころからゴルフをやらせたいと思っていたみたいです。ダンスも水泳もゴルフにつながるから、みたいなところがありましたね」(香理さん)

そんな少女は、3歳のころから宝塚歌劇団で、女優の真矢ミキさんと同期だった潮あかりさんが開くスクールに通い始める。「ジャズダンスからクラシックバレエ、ラインダンス的なものもありました。宝塚(歌劇団)に行く気満々でした」と、タカラジェンヌ予備軍だった幼少期をふり返る。
ひとたびクラブを握れば目つきが変わり、「絶対に負けたくない」勝ちにこだわる強気な表情へと変化する
ひとたびクラブを握れば目つきが変わり、「絶対に負けたくない」勝ちにこだわる強気な表情へと変化する 【拡大】
負けず嫌いは当時から。「私が絶対真ん中で目立ちたい」と、公演前のオーディションには気合を入れて臨む。ところが、当時は背が高かったため、ダンスのバランスなどから端になってしまうこともあり、不満に思うこともあったという。

現在はツアーに帯同し、娘のために専門学校にまで通ってトレーナーとしての役割も担う母・香理さんは、笑いながらその負けず嫌いぶりを振り返る。
「運動会の障害物競走は、引いたカードによって運もあるじゃないですか。それでも2位になったら過呼吸になるくらい大泣きしてました。『大会を中止にして!』って。小学5年生のときには、自分のお誕生会に男女十何人を呼んで楽しんだのですが、ボウリング大会をしたら、勝てなくてまた大泣き。『何で主役が泣いてるの?』と思ったら『負けたくない』って。全部1位じゃないとダメという子でした」

当然、ダンスのレッスンにも力が入っていた。宝塚受験コースで舞台に立つことを夢見ていた少女をゴルフの世界に引き入れたのは、祖父の庄一さんだった。かわいくて仕方のない初孫を練習場に連れていく。

「最初のころは『毎日100球打ったらハムスターを買ってあげる』とかいってたんですけど……」と、最初はほほ笑ましい始まりだった。9歳のころだ。ところが、あっという間に練習はスパルタになり「指導なんてもんじゃないです。一日中怒られていました」と、苦笑する日々が始まった。

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