ゴルフと英語を同時に学べるジュニアスクールを開講した異色のプロの思い

子供たちにスナッグゴルフを指導するタッド尾身(写真・清流舎)
子供たちにスナッグゴルフを指導するタッド尾身(写真・清流舎) 【拡大】
3月25日、京葉カントリー倶楽部で画期的なレッスンイベントが行われていた。題して「スポーツ夢学校」。プロ野球のOBとプロゴルファーがゴルフ場を使い、小学校3年生~6年生の男女に野球とゴルフを同時に技術指導するという企画だ。そこでスナッグゴルフの担当講師として、指導していたのがタッド尾身。英検1級の資格を持つ異色のプロゴルファーは「英語とゴルフ」をミックスさせた、新たなレッスンの構築に挑んでいる。
(日本ゴルフジャーナリスト協会会長代行・小川朗)

日の出前に球拾いをして練習環境を確保した

野球とゴルフが一日で学べる「スポーツ夢学校」の開催はこれが2回目。今回は元千葉ロッテの黒木知宏、GG佐藤。ゴルフからは今野康晴、西川みさとが技術指導を行った。
参加者71人のうち野球チームに所属している子供が30人いる。ゴルフはほとんどが初心者だ。第1部は朝の9時半から2時間かけて「野球道 基礎編」を学ぶ。昼食を挟んで午後からは「ゴルフで、新しい発見」をテーマにレッスンを行っている。
ここでスナッグゴルフを指導していたのが尾身だ。初心者が多いこうしたイベントでは、入り口に打ってつけなのがスナッグゴルフだ。子供たちも歓声を上げながらゴルフの楽しさを感じている。
尾身は英検1級を持っている希少なプロゴルファー。その経歴を生かし、子供たちに英語とゴルフを同時に教えるレッスンを行っている。
東京都福生市出身。ジャズミュージシャンだった父は、基地の中にあるクラブでベーシストとして活躍した。
福生時代、サッカーに没頭したが、小学校6年のとき父が転職。千葉県稲毛市に引っ越したことが、ゴルフの世界へと導かれるキッカケとなる。中学時代はバスケットに打ち込んだが、テレビで見たマスターズゴルフに衝撃を受けた。
ゴルフ部のある公立高校を探し、丸山大輔が輩出した泉高校に進む。丸山の知名度でゴルフ部にも優秀な人材が集まり、各学年10人程度の部員がいた。
クラブをまったく握ったことのなかった尾身は、当然のことながら、100を切ることができなかった。レギュラー争いは最後尾からのスタートなった。
しかし、ここからが人並み以上。ゴルフ部の監督は同校の国語教師で、実家はゴルフ練習場を経営していた。ドライビングレンジにショートコースも併設している。池田勇太や市原弘大、葭葉ルミら多くのプロが巣立ったことで有名な北谷津ゴルフガーデンである。そのため日の出前に球拾いをすれば自由に練習をさせてもらえる環境が整っていた。
ただ一つ問題があった。尾身の自宅は稲毛海岸。北谷津ゴルフガーデンに日の出前、到着するのは簡単なことではない。だが、尾身は自転車で1時間かけて毎日通うことにした。「夏はいいいんですが、冬は辛かったですね。日が昇るのが遅くて、練習時間も短くなりましたから」と、尾身は当時を振り返る。
毎日200球打った後、6時から9ホールのショートコースを2回りして登校。放課後も週に2回練習に来た。残りはチームメイトとともに千葉市内の練習場で球拾いのアルバイトをして、練習をさせてもらっていた。
入部してから、尾身は密かに自分なりの目標を定めていた。「日本ジュニアに出られたら、プロを目指す」。初めてクラブを握り、100すら切れなかった高校1年生は、2年の1学期になると一気に実力を伸ばし70台をマーク。3年に進級し、ついに日本ジュニアの出場権を得た。
成績は、予選を通ったものの、57位。それでも自らに課したハードルをクリアした尾身は、高校卒業後、研修生生活から方向転換し、渡米を決意する。有名インストラクターのジョー・ティールに師事することにした。

単身アメリカに飛び込んで、ゴルフと英語漬けの日々

ワシントン州シアトルからオレゴンに向かって1時間ほど車で走ったオリンピアという町の「インターナショナル・ゴルフアカデミー」が、新たな修行の場となった。
高校時代と同様にレンジで朝練をしてから食事を摂り、午前9時から12時までは英語の勉強。午後からはレンジや5~6ホールのラウンドができる環境だった。何よりも魅力的だったのが、その学費。カリフォルニア州のサンディエゴやパームスプリングスは年間500万円もかかるのに対し、オリンピアは250万円程度で収まるという。
しかし、いざ入学してみると、校長のティールは現役プロをコーチするため、ほとんど現場に来ない。しかも「ティールの代役を務めるコーチが、ぼく(尾身)よりヘタでした」。しかもシアトルは5月、6月と雨季。冬は降雪もあるため、練習にも支障をきたした。
この頃、カリフォルニア州サンディエゴやパームスプリングスはもとより、フロリダ州オーランドなど、1年中気候に恵まれている地域にもたくさんゴルフスクールはあった。
2年の予定を1年で切り上げ、フロリダでゴルフを学ぶことにして、米PGAツアーのQTファイナルの舞台となっていたグレンリーフに行く。結局カリフォルニアのサンタバーバラのコミュニティカレッジで英語を学びながらアマチュアのトーナメントに出場するようになった。
その後、大学のゴルフ部に誘われる。ESL(English as a second language)のクラスに在籍し、2年目からはリーグ戦に出場できるようになった。名門の「ザ・バレークラブ」でも毎週月曜日に回るようになる。
その後「ラ・プリシマ」や「サンド・パイパー」など、多くの名門コースもラウンドした。
大学卒業後はゴルフ場勤務の仕事を選び、カリフォルニア州トーランスの「ザ・リンクス・アト・ヴィクトリア」で7年勤務した。インストラクターの仕事やオペレーション業務を学べたことで、尾身にとってもこの7年が最も充実した時期だったという。 
2007年.父・雅章氏が死去したのを機にアメリカでの経験を手土産に帰国した。
現在は大人向けと子供向けの、英語とゴルフをミックスさせた「英語でスナッグゴルフ」というレッスンを開講している。放課後の夕方5時から6時まで、週1回、受講料は1万円。
明治ゴルフセンター(千葉県八千代市)と幕張コミュニティセンター(千葉市花見川区)で、4歳から8歳までの子供たちにスナッグゴルフとゴルフ、英語を教えるグループレッスン(1クラス6人)だ。
「今、ひとりでやっているんで、6人がマックス。ひとりひとり指導しないとうまくなっていかないんで…。クラスを増やすのであれば、これから手伝ってくれる人が必要になる」と、うれしい悩みも生まれてきている。
スクールの理念・コンセプトは「英語を積極的に話すこととで表現力や主体性を身に付け、ゴルフの忍耐や相手を想うマナーを通じて、優しく思いやりがあり強い心を持った人間に育ってもらう事」と語る。
レッスンで、ゴルフだけを学ぶ時代は終わった。異なるスポーツを経験し、外国の文化も積極的に取り入れながら、人間教育を行うことが求められている。タッド尾身は、そのフロントランナーになれるはずだ。

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