注目度高まるパー3コンテスト、出場資格にも変化が……

今年も、ニクラス、プレーヤーと“新帝王”トム・ワトソンが共にプレー、ワトソンが優勝した 写真・Getty Images
今年も、ニクラス、プレーヤーと“新帝王”トム・ワトソンが共にプレー、ワトソンが優勝した 写真・Getty Images 【拡大】
 マスターズの開幕前日、“パー3コンテスト”が華やかに催される。選手が家族などをキャディに起用、本戦と同じ白いつなぎを着てキャディバッグを担ぐ子どもたちの愛らしい姿は、大会の風物詩となっている。妻や子どもたちが、代打を務めることもしばしばで、2015年にはタイガー・ウッズが初めて二人の子どもたちを帯同、一昨年はケビン・ナのキャディを務めた女性がスーパーショットを放つと、その正体はリディア・コだったというサプライズもあった。

 ジョージ・コブの設計でパー3ばかりの9ホール、1060ヤードが造られたのは1958年、本コースがオープンしてから25年後のこと。本コースを設計したアリスター・マッケンジーの勧めに、会長のクリフ・ロバーツ氏が同意したものだ。

 本戦の前日である水曜日の午後は、本コースが整備のためにクローズとなるため、練習ラウンドができなくなった選手たちが、その代わりにラウンドする。完成の2年後から、このパー3コンテストが始まった。

 第1回はサム・スニードが制し、以来、現在もたくさんのレジェンドたちがプレーを披露、その姿が見られることも、このイベントの一つの魅力である。

 特にパトロンが楽しみにしてきたのが、故アーノルド・パーマー、ジャック・ニクラス、ゲーリー・プレーヤーのビッグ3のプレーだ。毎ホール、パトロンからスタンディングオベーションを受け、時にはファンと会話を交わしながらプレーしたパーマーの姿は、今でも目に焼きついている。

 一方で、このイベントから締め出されたレジェンドもいる。全米オープン、全英オープン、全米プロのチャンピオンは5年間出場資格があるが、その後は“名誉招待者”として全米アマチュア選手権の覇者とともに、大会期間中にクラブに招待される。16年までは練習日に本コースをプレーできたし、パー3コンテストにも出場できたのだが、昨年からはラウンドもコンテスト出場もできなくなってしまったのだ。つまり01年全英オープン優勝のデビッド・デュバルや91年全英オープン優勝のイアン・ベーカーフィンチのプレーは見られない。

 テレビ放映が始まった08年以降、世界中で注目度が高まっている。「パー3コンテストに勝った選手は同年に本戦で勝てない」というジンクスが知られており、縁起を担いでコンテストに出場しない選手もいるほどだが、日本人選手は青木功が75年と81年、中嶋常幸が88年に優勝、伊澤利光が02年に5番と6番で連続ホールインワンを決め、イベントを盛り上げている。今後も、ぜひ“ジンクス破り”に果敢に挑戦し続けてほしい。

文・武川玲子
※週刊パーゴルフ(2018年4月24日号)掲載


武川玲子(たけかわ・れいこ)
大阪府出身。米国・ロサンゼルスを拠点に、米PGA、LPGAツアーを精力的に取材している。2011年にはその綿密な取材活動をたたえられ、LPGAグローバルメディア賞を受賞している。

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