短期集中連載「素顔の宮里藍」11

5月26日、今シーズン限りでの引退を発表した宮里藍。その後、米女子ツアーに復帰し、いつものように「全力で」残り試合に臨んでいる。過去にパーゴルフPLUSで“今週の藍ちゃん”というコーナーを持ち、宮里藍と懇意にしているジャーナリストの武川玲子が、フィナーレまでの期間、“藍ちゃん”の知られざる素顔を公開していく。

11 キャディが語った「今でも夢に出ること」

米ツアー挑戦から4シーズン目の2009年7月、宮里藍はついにエビアン・マスターズで初勝利を挙げ、その後も好調を続けた。その間、一緒に戦い続けたのはキャディのミック・シーボン氏。英国出身で、以前は母国のトッププレーヤー。その後、ローラ・デイビスのバックを担いだベテランだ。

「12年間を振り返ると、本当にアップ&ダウン……。最高にいいときがあって、最高に悪いときもあった(笑)。すごく長い時間を過ごしたけれど、でもあっという間に過ぎていきました」

間もなく最後の試合、エビアン選手権を迎える2017年夏、シーボン氏に思い出を語ってもらう機会に恵まれた。彼にとって一番の思い出は、やはりというか2009年エビアン・マスターズでの初優勝だった。

「本当に大きなプレッシャーから解き放された瞬間でした。それまでの3年半、母国からの大きな期待があって、どれほどの重圧下にいたかを本当に肌で感じていたから」

と懐かしそうに振り返った。

メジャーでの思い出に話が及ぶと、エビアン・マスターズで初優勝を挙げた翌週、ロイヤルリザム・アンド・セントアンズで開催された全英リコー女子オープンを挙げた。

「あの試合は藍が勝つべき試合でした。今でも夢に出てくるんです」

初優勝の興奮も冷めない中、好調なプレーを続けていた宮里。しかし、優勝争いに絡みながらも結果は3位だった。優勝したカトリオナ・マシュー(英国)との差は4打だった。

「藍は4日間、毎日14番の同じバンカーに入れ続けたんです。ボギー、トリプルポギー、ボギー、ボギーの4日間で、14番だけで6オーバーをたたいてしまった。毎回ドライバーで打った。3番ウッドでもバンカーに届くあのホールをうまくプレーできれば、藍が絶対に優勝していた。あの試合だけは、どうしても忘れないのです。ときどき夜中に目が覚めてしまうこともあるんです」

今も悔しそうに遠くを見つめた。

そして、一緒に過ごした12年間でのベストシーズンも2009年だった。

「5勝を挙げた2010年も素晴らしかったけれど、予選落ちもあった。でも、2009年は(22試合に出て)一度も予選落ちをしていないんだ。それは本当に評価したいと思う」

シーボン氏はコースの中では寡黙、自分の仕事を黙々とこなす職人タイプだ。宮里とはほとんどケンカをしたことがないという。宮里が人気選手だったゆえ、コース以外ではあまり多くの時間は過ごさなかった。食事に出掛けるのもほとんど試合中で、プライベートな思い出は「あまりたくさんはないかな」という。

「一番うれしかったのは、僕に息子が生まれたときにすごく喜んでくれたこと。その息子はもう11歳になった。藍はいつも息子のことを気にかけてくれて、どうしてる? って聞いてくる。そういう心遣いがうれしかったことの一つだった」

9月17日、エビアン選手権最終日。現役最後のラウンドは、シーボン氏にとっても感慨深いものだった。17番グリーンから18番ティグラウンドに向かうとき、彼の肩は震えていた。最後の一打一打を大事そうに見守ると、大歓声に包まれた18番グリーンではボロボロと涙があふれていた。

文/武川玲子
2017年のエビアン選手権最終日。長年連れ添ったキャディのミック・シーボンは、さすがに最終18番で感極まった 写真・村上航
2017年のエビアン選手権最終日。長年連れ添ったキャディのミック・シーボンは、さすがに最終18番で感極まった 写真・村上航 【拡大】

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