短期集中連載「素顔の宮里藍」8

5月26日、今シーズン限りでの引退を発表した宮里藍。その後、米女子ツアーに復帰し、いつものように「全力で」残り試合に臨んでいる。過去にパーゴルフPLUSで“今週の藍ちゃん”というコーナーを持ち、宮里藍と懇意にしているジャーナリストの武川玲子が、フィナーレまでの期間、“藍ちゃん”の知られざる素顔を公開していく。

8 未来予想図

宮里藍が現役最後の試合「エビアン選手権」(9月14~17日)を終えて、早くも1カ月半が過ぎた。

エビアンでは引退試合だというのに、普段と変わらない凛とした笑顔だったから、なんだか夢を見ているような実感が湧かない日々だった。毎日忙しく会見やパーティーが催され、1週間は目まぐるしく過ぎて行った。

戦い終えた翌日、早朝に思い出の地であるエビアンをあとにした宮里は、一度カリフォルニアの自宅に戻ったあと日本へと帰国した。

「“ノーマルライフ”を送って、これからのことを考える」

と話した宮里。今ごろは生まれ育った美しい沖縄の海を、ゆっくりとながめているころだろうか。

2年半前の2015年3月、宮里からこんな言葉を聞いた。

「今まで考えたこともなかった人生設計を考えるようになった。たぶん、去年(2014年)ぐらいからですね。これも年齢の影響なのかな。でも、私はどこかすごく完璧主義なので、あまり理想をつくってしまうと自分を追い込んでしまう。だから今はあえて決めないでいるんです。

ある日突然、“ああ、もういいや”って思うかもしれないし、あと1年、あと1年と思うかもしれない。そのときの流れに身を任せようと思う(笑)」

当時は米女子ツアー10年目を迎え、復活勝利を目指していたころだ。このある日突然が、2016年の夏に起こってしまったのだろう。思えばこの3〜4年、復活を目指しつつも「いい意味で」彼女のツアー生活に“ゆとり”が出て、ゴルフばかりではなくなっていた。

「100パーセント、ゴルフに情熱をかけていたのは20代。でも、今の年齢なら8割で十分かな。若かったからこそ100パーセントでいられた。未来のこと、いい意味で先のことを考えなかったぶん、100パーセントでいられた。そのバランスが今は80パーセントぐらいで居心地がいい。20パーセントぐらいは将来のことにエネルギーがいってもいいかなと思う」

このころから宮里は、米女子ツアーのコースセッティングコミッティーの一員となった。これは選手の中から選ばれて、毎週の試合のラフやグリーン、ピン位置など選手が意見交換をするものだ。

その後、“プレーヤー・ディレクター”にもなった。選手が実際にツアーの運営に参加するもので、具体的にはツアーの仕組み、お金の流れ、スポンサーとの関係など、どうやってツアーが決断していくかを学ぶもの。コミッショナーやツアーの幹部、経理、そして6人のプレーヤー・ディレクターが集まって、年に4回、ミーティングを開く。

以前に宮里の英語力の素晴らしさを書いたが、とはいえ生まれ育ったネイティブスピーカーではないから、このミーティングは彼女にとってハードルの高いものでもあった。

「ミーティングが長くて、4時間にわたることもある。それがきつい(笑)。理解するのにいっぱいいっぱいで、私が分からないからといって中断もできない。慣れてくると発言もできるのかもしれないけれど、もうちょっと分かりやすくやってほしい!」

そう嘆きながらも、プレーヤー・ディレクターを立派に務める彼女をとても誇らしく思えた。アジア人でこのメンバーに入ったのは、朴セリ以来となる二人目。韓国やタイなど米女子ツアーにアジア人が増えていく昨今だから、もっとアジアの選手にツアーへ興味を持ってほしいというのが、協会の狙いだったのだろう。

「まあ、本当に大変だけど、いつか何かの役に立つのかもしれない」

年内は日本に滞在するが、年が明けたら米国に戻り、今後も米国の拠点は残していくという。

「ツアープロをやめてもプロゴルファーをやめるわけではない。これからもゴルフに携わることをやっていきたい」

宮里が再びゴルフ界で活躍するのは、そう遠くない日々だろう。

文/武川玲子
米国社会に溶け込み、誰からも愛された宮里藍。引退しても活動の拠点の一つとして米国は頭の中にあるはずだ 写真・村上航
米国社会に溶け込み、誰からも愛された宮里藍。引退しても活動の拠点の一つとして米国は頭の中にあるはずだ 写真・村上航 【拡大】

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