短期集中連載「素顔の宮里藍」6

5月26日、今シーズン限りでの引退を発表した宮里藍。その後、米女子ツアーに復帰し、いつものように「全力で」残り試合に臨んでいる。過去にパーゴルフPLUSで“今週の藍ちゃん”というコーナーを持ち、宮里藍と懇意にしているジャーナリストの武川玲子が、フィナーレまでの期間、“藍ちゃん”の知られざる素顔を公開していく。

6 愛した試合からの贈り物

宮里藍が米国での最後に試合に選んだのはキャンビア・ポートランド・クラシック(8月31日〜9月3日・米オレゴン州コロンビア・エッジウォーターCC)だった。

4週間ぶりの参戦にも「ぎゅっと集中して、良いプレーをしたい」という言葉どおり、2日目、4日目に67をマークして通算13アンダー。優勝には届かなかったが、今季自己最高の5位を記録した。

「すごく良い思い出がいっぱいあって、思い入れがある。なんとしても出たかった」

どうして同大会に思い入れがあるのか? 何より2010年の同大会で勝利したのが大きい。その年の5勝目、ツアー通算6勝目だった。

当時のコースは同じポートランドだが、ダウンタウン西側にあるパンプキンリッジGC(6552ヤード、パー72)だった。最終日を首位でスタートし、途中雨にも降られて厳しいコンディションの中、一時は首位に6人も並ぶ大混戦。最後はクリスティ・カー(米国)との一騎打ちとなるがカーが自滅し、宮里が2打差で逃げ切った。

この勝利でカーから世界ランキング1位の座を奪い返し、再び女子ゴルフ界の女王へと返り咲いた大会だけに、思い入れがあるのも当然だろう。

「今週は勝てて自分でも驚いている。年間5勝もできるとは思っていなかった。試合中は日本人だけでなく、たくさんのアメリカ人からも声援をもらった。ずっと米女子ツアーで感じていたアウェー感がなくなった。もっとたくさんのアメリカ人のファンを得たいと思う」

試合後にそう話したが、世界一を争った同時期を境に、“アイ・ミヤザト”の名前がアメリカでも認知を得て、今のような人気になったのは間違いない。

“年間5勝”を成し遂げた要因については、こう語っている。

「米女子ツアーに参戦して最初の2年は、飛距離を伸ばそうとばかりしていた。その結果、ショートゲームの練習に時間をあまり費やしていなかった。だけど、申ジエ(韓国)は飛距離こそないが世界一の座についた。あらためてショートゲームの重要性に気づいたのが大きい。それでも、自分が年間5勝も挙げられるとは思っていなかったけれど」

宮里が強い思い入れを持つもう一つの理由は、同大会が地元にとても密着している点だ。

毎年、大会の数カ月前に“メディアデー”が開催される。翌年、宮里はタイミングが合ったこともあり、ディフェンディングチャンピオンとして同地を訪れた。その際、トーナメントディレクターだったトム・モレティス氏や地元のスポンサー、ボランティアの皆さんが、大会を支えるために大きな働きをしていることを学んだ。

「たくさんのいい経験もさせてもらった。地域の人がすごく温かく、スポンサーの人も含めてツアーをサポートしてくれている。優勝したうえに、いろいろな試合の裏側を見てすごく感じただけに、他の試合よりはすごく思い入れがあります」

米国で戦うのが本当に最後となった今年の最終日、67という好スコアをマークした宮里。18番でセカンドを打ち終わってグリーンに向かって歩き始めると、宮里の功績をたたえてたくさんの記録がアナウンスされ、観客は立ち上がってたくさんの拍手で出迎えた。宮里もまた、手を振って笑顔で応えた。そして、モレティス氏が花束を抱えて待っていた。

「知らなかったから驚いた。ぐっときた」

最後まで温かい大会に、あふれそうになる涙を堪えた宮里。この大会で学んだことは、これからの第二の人生に大きく生かされるだろう。

文/武川玲子
トム・モレティス氏から花束を贈られた宮里藍。涙をこらえながらも、最後は満面の笑みで写真に納まった 写真・Getty Images
トム・モレティス氏から花束を贈られた宮里藍。涙をこらえながらも、最後は満面の笑みで写真に納まった 写真・Getty Images 【拡大】

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