短期集中連載「素顔の宮里藍」5

5月26日、今シーズン限りでの引退を発表した宮里藍。その後、米女子ツアーに復帰し、いつものように「全力で」残り試合に臨んでいる。過去にパーゴルフPLUSで“今週の藍ちゃん”というコーナーを持ち、宮里藍と懇意にしているジャーナリストの武川玲子が、フィナーレまでの期間、“藍ちゃん”の知られざる素顔を公開していく。

5 キャディ・オブ・ザ・イヤー

宮里藍の12年間の米LPGAツアーキャリアの中で、もっとも大きな存在はともに戦ってきたキャディのマイケル・シーボーン氏(51歳)だろう。

通称、ミック。英国出身のベテランキャディで、宮里が米LPGAツアーに本格参戦する以前から彼女のバッグを担いできた。彼女の良いときも悪いときも、その多くの時間をロープ内で一緒に過ごしてきた存在だ。

職人肌というのだろうか、スーパースターの宮里の隣にいても決して表に出ることはなく多くを語らない、黙々と自分の仕事を完璧にこなすプロフェッショナルといえる。

そんなミックと一度ゆっくり話したことがある。スランプを脱した翌年、年間5勝を挙げた2010年のシーズン終わりだった。

その年は世界ランキング1位にもついたが、最終的に、賞金女王はチェ・ナヨン(韓国)に、プレーヤー・オブ・ザ・イヤーはヤニ・ツェン(台湾)にさらわれた。

悔しくないはずはない。それでも宮里は「キャディ・オブ・ザ・イヤーがあげられるなら、間違いなくミックです」といって1年を締めくくったのだ。ミックにそれを伝えると、その言葉をかみしめるようにしばらく押し黙った。そうして、「僕にとってもプレーヤー・オブ・ザ・イヤーはアイです」と答えた。二人の絆の強さを、ひしひしと感じた瞬間だった。

スランプ当時のことを聞いてみた。ミックにとっても非常につらい時間だったはずだ。しかし、このベテランキャディは絶対に復活すると確信していた。

「若くして成功したアイにとって、突然ゴルフが一番難しいものになってしまった。だけど誰も彼女を助けることはできない。プレーを続けていくしかないんだ。だから、たくさんのストーリーを話した。ゴルフ界を振り返ったら、男子も女子もドライバーの問題を抱えた選手は本当にたくさんいる。僕が以前にキャディを務めたローラ(・デービス)もそう。最近勝利を挙げたマリア(・ヨース)もドライバーを使えない時期があった」

「『君はきっとこの世の終わり、二度といいゴルフができない、そう思っているかもしれないけれど、必ず通り抜けられる』。そうアイに話したよ」

何より、ミックは宮里が「必ず世界一になる」と信じて疑わなかった。

二人が欠かさず続けてきたことに、ラウンド終了後の“フィードバック”があった。その日のラウンドを終えると、良くても悪くても練習グリーンの横で話し合う。長いときは数十分にも及ぶことがあった。プレー中にどの場面でどう感じていたか、なぜそう思ったかを徹底的にディスカッションした。

当時、宮里が目指していたのは、どんなにプレーが良くても悪くても気持ちは同じように保つということだった。彼女はそれが安定したプレーにつながると分かっていたからだ。どうすれば常に同じメンタルでプレーをできるか、その目標のために二人は来る日も来る日も話し合っていたのだ。

宮里とタッグを組んで5年がたっていたミックに、これまでで一番うれしかったことを聞いた。

「やっぱりエビアン(マスターズ)で勝ったこと。僕はアイがどれくらい一生懸命にやってきたかを知っている。そして、僕たちはどん底にもいた。たった1年前、アイはどれほどひどいプレーをしていたことか。そして、そこからはいあがってエビアンで勝った。あの瞬間は本当に忘れられない。きっとアイも同じだと思う。あれは僕の人生でも、とてもとても特別な瞬間だった」

その二人が再びエビアンの地を訪れる。今はメジャーになったエビアン選手権(9月14〜17日・フランス)だが、二人で戦うのはこれが最後だ。あれから8年の月日が流れたが、その間も決して平坦ではなかった。今度はその8年の月日について、もう一度ゆっくりミックに聞いてみたいと思う。

文/武川玲子
つらいときもどんなときも……、宮里藍のそばにはミックがいた 写真・村上航
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