短期集中連載「素顔の宮里藍」3

5月26日、今シーズン限りでの引退を発表した宮里藍。その後、米女子ツアーに復帰し、いつものように「全力で」残り試合に臨んでいる。過去にパーゴルフPLUSで“今週の藍ちゃん”というコーナーを持ち、宮里藍と懇意にしているジャーナリストの武川玲子が、フィナーレまでの期間、“藍ちゃん”の知られざる素顔を公開していく。

3 ターニングポイント

12年間の米LPGAツアーの中で、いくつか“記憶に残るショット”がある。その中の一つが2007年、ツアー最終戦のADT選手権2日目、プレーオフ1ホール目のティショットだ。このころはちょうど、ドライバーのスランプに陥っていたときだった。

当時の大会は出場32名で、第2ラウンドを終え上位16名が3日目へと勝ち進む方式。宮里藍は女王アニカ・ソレンスタム(スウェーデン)、そしてナタリー・ガルビス(米国)と並んで15位となり、3人中二人が決勝へ進むプレーオフの戦いとなった。

その1ホール目の18番、重圧がかかる中で手にしたのはドライバーだった。いつもと同じようにルーティンに入ると、一つ深呼吸。緊張した面持ちで打ったティショットは見事なドロー軌道を描き、ガルビスのボールも軽々と超えてフェアウエーを捉えた。

「自分でもどうやって打ったのか覚えていないんですけど、数カ月ぶりに気持ちよく真っすぐ打てた」

と、後にその1打を振り返っている。

米ツアー2年目の宮里は、苦しいシーズンを送っていた。初優勝が期待される中、7月ごろからドライバーの不振が顕著になった。メジャーの全英女子オープン(現・全英リコー女子オープン)では最終日、17番パー4で右に二度OBを放っている。そこから左右に曲がるティショットに苦しみ、9月には途中棄権をすることもあった。

人生初のスランプ。その原因は、宮里独特のクラブフェースが閉じてバックスイングが上がる、いわゆるシャットフェースを直そうとしたことだった。

迷路に入り込んだ宮里にとって、この1打は大きな転機になった。久しぶりの会心の当たりに、早速ビデオでチェック。するとどうだろうか。もともとの自分、シャットフェースのままのスイングだったのだ。

「その自分のスイングを見て、『ああ、これでいいんだ』って思ったんです。『これが宮里藍のスイング』なんだって。ビデオを見て、そう自分で心に決めたんです」

まず取り組んだのは、自分のフィーリングを取り戻すことだった。しばらくはスイングコーチを務める父・優さんのアドバイスもストップ。とにかく一人で打ち続けた。オフシーズンは沖縄に戻ったものの、早々に引き上げてアリゾナで一人キャンプを張った。

「日本に帰国したときに父といろいろと話し、自分はこう思うからと伝えたんです」

スイングチェックをするビデオカメラも、練習場から取り除いた。この経験は後の宮里の成長に大きな影響を与える。どんなスイングを求めるのか、常に自分で考えるようになった。“フィーリング”という言葉を口にするようになったのも、このころからだった。

「この状態を抜け出したら、もっとすごい自分がいるかもしれない」

あの日の1打を支えに、その後も宮里は黙々と球を打ち続けてきた。

文/武川玲子
回り道してきたぶん、確固たる自信もある 写真・村上航
回り道してきたぶん、確固たる自信もある 写真・村上航 【拡大】

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