短期集中連載「素顔の宮里藍」1

5月26日、今シーズン限りでの引退を発表した宮里藍。その後、米女子ツアーに復帰し、いつものように「全力で」残り試合に臨んでいる。過去にパーゴルフPLUSで“今週の藍ちゃん”というコーナーを持ち、宮里藍と懇意にしているジャーナリストの武川玲子が、フィナーレまでの期間、“藍ちゃん”の知られざる素顔を公開していく。

1 宮里藍とブラッド・ピット

筆者が藍ちゃんに初めて会ったのは2004年、イギリス・ロンドン郊外のサニングデールGCで開催された全英女子オープンだった。

当時の彼女はプロ転向したばかりの19歳、初めてのメジャー大会でとても緊張していた。結果は残念ながら予選落ち。父でコーチの優氏が、クラブハウス前のパッティンググリーンにて厳格な面持ちで座っていたが、藍ちゃんが泣きながらクラブハウスへと消えて行ったことを、昨日のことのように思い出す。

すでに彼女は日本でスーパースター、たくさんのメディアに囲まれていて少し近寄りがたかったが、本人も相当大変だったはずだ。2年後に米女子ツアーに本格参戦した際、「“変装”というほどではないけれど、いつも帽子とサングラスで顔を隠していないと、絶対に街は歩けなかった」と教えてくれた。

そんな喧噪から逃れることができた米女子ツアーは、間違いなく“水”が合っていた。決して「異国の地でフリーになった」からではない。藍ちゃん自身の考えが変わったのだ。

日本から米国へ戻る日のことだった。成田空港の航空会社ラウンジで、大ファンだった“ブラピ”ことブラッド・ピットに出くわした。ブラピといえばはハリウッドの大スターであり、日本でも超人気の俳優だ。

「それがね、ブラピはフツーに自分で飲み物とか取りに行くし、何も変装もしていないんですよ。自分のことは自分でする、人の目なんて気にしていない。そんな自然な振る舞いをみて、サングラスとかしている自分がすごく恥ずかしくなったんですよね。私、何をしているんだろう?って(笑)」

以来、彼女は帽子もサングラスも必要としなくなった。レストランやヘアサロンも、自分の本名で予約するようになった。彼女が住むカリフォルニア州には、たくさんの日本人が暮らしているが、

「アイ・ミヤザトって普通に予約してヘアサロンに行ったら、本物だって驚かれた(笑)。いやいや、それがフツーですよね」

何事も自然体で。それが大ファンだったブラビから形成されたものだとは、これもスターゆえの奇縁か。

スランプもあった。決して順風満帆は12年間を歩んできたわけではないが、今の宮里藍を作り出したのは小さな出来事の積み重ね。これから「最後の日」がくるまで、そんなエピソードを伝えていきたい。

文/武川玲子
空港でも堂々としたもの。「あるがまま」が宮里藍のポリシーだ! 写真・村上航
空港でも堂々としたもの。「あるがまま」が宮里藍のポリシーだ! 写真・村上航 【拡大】

関連記事一覧

ツアー最新記事一覧

Pargolf Members

すでに会員の方はこちら

最新トピックス


アクセスランキング

ツアー・トーナメント

フォトギャラリー

トーナメントプロ公式サイト・ブログ