苦悩から自殺未遂まで起こしたバウディッチがオーストラリアの仲間の支えで立ち直り2勝目

若手を導いてきたバイロン・ネルソンの大会で、苦悩から立ち直ったバウディっちがツアー通算2勝目を挙げた
若手を導いてきたバイロン・ネルソンの大会で、苦悩から立ち直ったバウディっちがツアー通算2勝目を挙げた 【拡大】
 ゴルフが盛んなテキサス州での4試合「テキサススイング」はAT&Tバイロン・ネルソン選手権が最終戦。前週のコロニアルCCから、東へ約50キロ移動したTPCフォーシーズンズリゾート・ラス・コリナスが会場だ。

 1944年テキサスビクトリーオープンの名で始まった大会は、68年からバイロン・ネルソン・ゴルフクラシックと改称された。その後83年に現在の場所に移るまでの15年は、バイロン・ネルソンが住んでいたダラス郊外のプレストントレイルGCが舞台だった。健康上の問題で46年を最後にツアーから退き、マスターズなどごく限られた大会にしか出場しなかったネルソンだが、若い選手にはいつも気を配っていた。

 74年、ツアー3年目、24歳のトム・ワトソンは、全米オープンで3日目を終わり首位に立った。最終日、果敢に攻めるショットがことごとくグリーンにはじかれ大崩れ、5位タイに終わった。ロッカー室で頭を抱え、うなだれるワトソンの肩をたたいたのがネルソンだ。「君は素晴らしいチャンピオンの資質を持っている。ただ、あまりにも直線的に攻めすぎるようだ。いつでも私を訪ねていいよ。力になれると思う」と励ました。

 その後、プレストントレイルGCにネルソンを訪ね、ボールを打つワトソンの姿がしばしば見られるようになった。ジャック・ニクラスとの一騎打ちを制した77年マスターズを皮切りに、メジャー8勝を挙げたワトソンの成功の裏には、ネルソンの存在がある。 

 さて、今年の大会は、連日の雨でコンディションは最悪、2日目から14番をパー4からパー3に急きゅう遽きょ変更するなど、トーナメント運営も大変だった。

 大会を制したのはオーストラリア出身の31歳、スティーブン・バウディッチ、昨年のバレロテキサスオープンに次ぐツアー2勝目だ。

 2007年のルーキーイヤーは、あまりの苦しさに住んでいたダラスで自殺を図ったこともあるが、結束の固さで知られるオーストラリアの仲間のプロから物心両面の援助を受け再起した。アダム・スコットやジョン・センデンらの支えがなかったら、今のバウディッチは存在しない。

 スコットは「彼は遅咲きだが目と手のコーディネーションは素晴らしい」とバウディッチの力を高く買っている。

 11年に地元・ダラスのテレビ局でプロデューサーをしていたアマンダさんと結婚、式はTPCフォーシーズンズリゾートで挙げた。感激の勝利を収めたバウディッチをグリーンサイドで待ち構えていたアマンダさんとの熱い抱擁には、周囲もつい涙を誘われた。


文・岩田禎夫
週刊パーゴルフ(2015年6月30日号)掲載


岩田禎夫(いわた・さだお)
1933年生まれ、神奈川県出身。報知新聞にてゴルフをメーンとするスポーツ担当記者として活躍後、70年にフリーのゴルフジャーナリストに転向。以降、現在まで米PGAツアーを中心に世界のゴルフを追いかけている。

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