地元・松山も第二の故郷・仙台も松山フィーバー 恩師・阿部監督は「あと10年、帰ってくるな」

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松山英樹が快挙を達成した4月12日。生まれ故郷の愛媛県松山市で号外が出るなど大フィーバーとなったが、東北福祉大ゴルフ部時代に大活躍を演じた“第二の故郷”である仙台も、それは同じ。村井嘉浩宮城県知事は県民栄誉賞の贈呈を検討していることを明かし、仙台市の群和子市長も「賛辞の楯(たて)」を贈る、と発表。コロナ禍の仙台にも、飛び切りの明るいニュースをもたらした格好だ。

優勝直後から、大忙しとなったのが共同記者会見まで開くことになった東北福祉大の阿部靖彦監督。「本人から表彰式の直後に電話がかかってきました。それから次から次へと電話がかかってくるし、メールも頂戴して。俺、こんなに友達いたっけかと(笑)」とウレシイ悲鳴の後、しんみりした口調で、こう続けた。

「(松山は)2010年のアジア(・パシフィック)アマで勝って、11年のマスターズ出場権を得ました。その出発直前に東日本大震災に見舞われた。マスターズに出て、ローアマチュアを取って帰ってくると、石巻などに行って、ボランティア活動もしてましたから。(被災地の人たちに)心を寄せながら、プレーしてきた部分もあると思う。その翌年、負けたくない、もう一回マスターズに行きたい、とアジアアマを2連覇して、マスターズに2年連続出場した。ローアマを取ってからが今日の松山をつくった。あれがなかったら、今の松山英樹はないと思います。彼の原点だと思います」

その後プロ入りして、米ツアー挑戦を決めた松山に、阿部監督はこんな言葉を贈った。

「当時、松山には『アメリカに骨を埋めるつもりで、10年帰ってくるな』といいました。日本人がアメリカに行って、ちょこっと参戦して帰ってくるような形は、絶対だめだと思っていましたから。今度会ったときには『もう10年、帰ってくるな』と、いおうと思っています(笑)」

松山と普通のプロたちとの違いはどこにあるのか。阿部監督は、こんな言葉でそのすごさを明かした。

「他の日本人選手とはちょっと違う。自分でやらなきゃいけないことを、日本に帰ってきても、アメリカにいてもやっていますもん。向上心が人一倍あるから、練習もするし、ご飯も食べるし、鍛えるし。志がないと、やっぱりできないことですよ」

金谷拓実ら東北福祉大の後輩にとっても、OBのマスターズ制覇はこの上ない励みに違いない。

(日本ゴルフジャーナリスト協会会長・小川朗)
※週刊パーゴルフ2021年5月4日号「芝目八目」より

週刊パーゴルフ2021年5月4日号(4月20日発売)の芝目八目では、以下のようなラインアップでゴルフ界の気になる最新情報をお届け中です。
●松山英樹の快挙を支えた、チーム松山のプロ意識
●2月にチーム松山に加わって早々の大快挙!目澤秀憲コーチってどんな人?
●実を結んだ契約先メーカー、ダンロップの不断の努力 松山がドライバーを使うようになった一番の決め手は?
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