メジャーでのキャリアに終止符を打ったワトソン 新帝王との思い出を三田村昌鳳が綴る

米国人ながら、リンクスを愛し、リンクスに愛された男(写真・getty Images)
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トム・ワトソンが全英シニアオープンで「これで僕のメジャートーナメントの歴史に幕を閉じる」と、メジャー引退を表明した。

ワトソンは、1949年生まれ。9月4日で70歳の古希を迎える。「僕の持ちうるゴルフの引き出しは、すべて出し尽くした。思い残すことは何もないよ」と語るインタビューでは、自分の選手としてのキャリアをすべて語り尽くすほど饒舌に、しかも鮮明な記憶で辿っていた。

かつてワトソンにインタビューしたとき、こうリンクスの魅力を表現した。

「僕のゴルフは、74年の全英オープン。そうリンクスコースでの経験から始まった。そのリンクスとの出合いがなかったら、いまの僕は存在していなかった」

74年のウエスタンオープンでツアー初優勝し、以来75年全英オープン、77、81年マスターズ、さらに全英オープンはその後、77、80、82、83年と通算5勝。全米オープンは、82年ジャック・ニクラスと死闘の末、優勝。メジャー通算8勝を含めて米ツアー33勝、5度の賞金王の経験を誇る。

「プロ転向してから私は、高い弾道で上から落ちてぴたりと止まるボールを打ちたくて、それに執着していた。ちょうどその頃、トーナメントコースのグリーンのスピードがどんどん速くなってきて、そういう弾道を要求していたのも確か。でも、全英オープンでリンクスコースを体験してそれだけではいけないと思った。最初リンクスコースでプレーしたときは、嫌いだったんだよ(笑い)。目指していた弾道やゲームの構築とは異質だろう。けれども考えてみれば、ボールを転がしてグリーンに乗せていくというのは誰でも経験していること。そう、子供の頃は、そうやってゴルフを覚えたわけだ。いわばリンクスを経験したことによって、自分のゴルフの幅が広がった」

ワトソンに「生涯で最も思い出深い戦いはどれですか?」と訊ねたことがある。すると、すかさず「77年全英オープン」と答えた。

「最終日、最終ホール。1打差でティグラウンドにやってきて第1打を放ち、2打地点に立った。残り178ヤード。7番アイアンを手にしてショットした。……ボールが空気を裂くように空中に舞って、ギャラリーがぎっしりとグリーンを取り囲んでいた。黄色いピンの旗が、小さく、でも鮮明に見えていた。その奥の小高い丘にターンベリーホテルが見えた。その上の青い空に向ってボールが飛んでいって、その旗に呼び寄せられるように放物線を描いていた。そのわずか数秒のシーンが僕にとってのプライスレス・シーンだ」

ワトソンはそう語った。そして、「人は、そういうかけがいのない瞬間、シーンを味わえる素晴らしさを誰でも持ち合わせているんだ」と締めくくった。

帝王ニクラスを継ぐ男といわれ続けたワトソンは、それでもニクラスとは違った魅力を放ちながら、なおかつ記憶に残るシーンを数多く残してくれた。ワトソンは「もう出し切った。(試合で競り合う)馬から降りることにする。あとは、大好きな乗馬を楽しみたい」と語った。

(ゴルフジャーナリスト・三田村昌鳳)
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