森功 芝と冠 企業人たちのトーナメント マイナビABCチャンピオンシップ「“第二の創業”へのエンジン」(4)


リーマンショックが襲っても、スポンサー撤退を考えなかった理由

マイナビがABCチャンピオンシップの冠スポンサーに就いた2008年は、世界的不況の引き金となったリーマンショックが発生した年でもある。マイナビは人材ビジネスを核とする企業だけに、企業が採用を抑制する不況期には大きな影響を受けそうなものだが、マイナビはトーナメントから撤退することなく今年で11年目を迎える。リーマンの打撃がトーナメントに波及せずに済んだ理由とは?

ゴルファー以外も詰めかけ、超満員となった第1回

石川遼見たさに十重二十重のギャラリーが取り囲んだ2008年大会最終日
石川遼見たさに十重二十重のギャラリーが取り囲んだ2008年大会最終日 【拡大】
 かつてダンロップフェニックスと比肩された大阪「朝日放送」(ABC)主催のトーナメントにとって、マイナビは実に6年ぶりの冠スポンサーとなる。石川遼の優勝により、2008年の第1回マイナビABCチャンピオンシップが社長の中川信行たちの期待以上の成功を収めたのは、今まで書いてきたとおりだ。

「大会中もすごい熱気でしたね。スポンサーがついてない07年まではABCさん単独でスポンサーなしで苦労されており、ギャラリーも4日間合わせて1万人入れば御の字だったそうです。たまたまゴルフ場まで乗ったタクシーの運転手さんが『あなたがマイナビの社長なの? こんなにお客さんが増えて、俺らもウハウハだよ。ありがとうねぇ』と喜んでいました。予選の初日のスタートホールから、左右が人で埋め尽くされるほどの長蛇の列でした」

 中川は10年前の大会をまるで昨日の出来事のように話した。中川の乗ったタクシーのドライバーは、JR宝塚線の新三田駅に横づけし、ABCゴルフ倶楽部までギャラリーを乗せて片道2500円ほどの距離を何度も往復している、とえびす顔だったらしい。

「あのときは、石川遼選手を見たいと予想以上のギャラリーが集まる時代でした。もちろんゴルフ好きのアマチュアゴルファーもいらっしゃるけど、クラブすら握ったこともない女性ファンもたくさんゴルフ場に足を運んでいただいた。低迷していたゴルフ人気が一気に復活した気がします。当社としては、ゴルフを知らない人にまでマイナビのことを知ってもらえました。大きなご褒美をいただいたような出来事でした」

 パソコン情報誌から就職情報にメイン事業の舵(かじ)を切っていたマイナビとして、トーナメントの主催は、会社の知名度アップが何よりの目的だ。そこで、石川という国民的なスターの登場はまさに中川の狙いどおり、いやそれ以上の効果があったといえる。

 だが、好事魔多し、とはこのことかもしれない。この年の9月、あのリーマンショックが日本経済を直撃する。いうまでもなくリーマンショックの引き金は、01年から米国が始めたサブプライムローンの破綻だ。文字どおり優良顧客、つまりプライムではない信用力の落ちる顧客層に過剰に住宅ローンを貸しつけた結果、見せかけの好景気がいっぺんに吹っ飛んだ。その関連不良債権が米金融大手のリーマンブラザーズを襲い、世界中に不況が伝播(でんぱ)する。そうして日本の企業社会にリストラという暴風雨が吹き荒れたのである。始めたばかりのゴルフトーナメントの先行きをどう考えたのか。社長の中川に聞いた。

「大会も大成功でしたし、意気揚々としていたわけです。そこへ燻(くすぶ)っていたサブプライムローンの決定打としてのリーマンショックでした。ただ10月、11月、12月と年内の赤字は、予想していたほどでもなく、意外に大したことないのではないかな、と思い始めたところでした。社員向けに景気のいい新年の挨拶(あいさつ)をした。それが、年明け1月に入った途端、ガタガタと業績が落ち始めた。新聞紙上は、企業のリストラの話題ばかり。そこで僕は、『わが社はリストラをしないから、安心してほしい。共に頑張ろう』という趣旨の文章を社員向けに、再度出さなければなりませんでした」

 そのくらいの衝撃だったという。金融機関はもとより、海外への輸出に頼ってきた自動車や電機メーカーなどの打撃は大きく、「派遣切り」という言葉が流行語になった。年末年始の東京・日比谷公園では、「年越し派遣村」の炊き出し目当ての失業者があふれた。

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