森功 芝と冠 企業人たちのトーナメント スターツシニアゴルフトーナメント「縁をつなげてきたシニアのパイオニア」(4)


長くスポーツを支援してきたが、ビジネスにつなげようと考えたことはない

1989年に現トーナメントの前身である「TPCスターツシニアゴルフトーナメント」を開始したスターツ。この大会が、東京マラソンをはじめとする陸上競技や卓球、サッカーといった多岐にわたるスポーツ支援の端緒となったが、会長の村石は「スポーツをビジネスにつなげようとする気持ちは毛頭ない」と語る。それも村石独特の経営哲学に依るところが大きいようだ。

バブル期にも会員権に手を出さなかった

91年のTPCスターツシニアで、連覇を果たした金井清一(右)にカップを手渡す村石。金井は最終的に5連覇を達成した 写真提供・スターツコーポレーション
91年のTPCスターツシニアで、連覇を果たした金井清一(右)にカップを手渡す村石。金井は最終的に5連覇を達成した 写真提供・スターツコーポレーション 【拡大】
 これまで書いてきたように、スターツは自社の最初のスポーツイベントとして1989年の第1回から98年の10回大会までの10年間、「TPCスターツシニアゴルフトーナメント」を開催してきた。折しもそれは、バブル景気と呼ばれた日本経済がピークを迎え、そこから一挙に奈落の底に落ち込んだ時期と重なる。日本はやがて、失われた10年、と政府の無策が批判された経済の低迷期を迎えた。日本経済は、金融危機やデフレに喘(あえ)ぎ、さらに8年が経過した。今なお低成長、少子高齢化という社会構造の変化に対するこれといった打開策を見いだせず、先行きの不安を払拭(ふっしょく)できていない。

 そんな中、スターツは浮き沈みの激しい不動産業界にあって安定的に収益を上げてきた。ゴルフとどのようにかかわってきたか。その辺を会長の村石久二(73)に尋ねてみた。

「例えばバブル以前のゴルフ会員権相場。成田のゴルフ場で30万円の会員権が1~2年後には150万円になるから買わないか、と不動産仲間から勧められました。しかし、私は断っていました。周りの不動産屋さんたちからは何で買わないんだろう、と不思議がられましたけど」

 村石は、投機的な資産運用そのものに抵抗があるという。それが本業に反映されている。

「土地は転がせば儲(もう)かるという人もいます。しかし私は、地主さんに土地は売らずに育てるべきだと話してきました。そうでないと、家賃がどんどん上がってしまう。僕は貧乏育ちだから、家賃が投機的に上がるのはたまらない。だから土地の売買よりも不動産の管理を中心にやってきました。地主さんは土地を持っているけど、活用の仕方が分からない。それで、うちが賃貸マンションやビルを造って管理させていただく。そうしてやってきました」

 シニアトーナメントを始めたのは、バブル景気が頂点に向かう少し前で、日本にゴルフブームが起きたころだ。それもたまたまだ、と次のように話した。

「もちろんあのころ、将来が明るく見えていた部分はあるかもしれないけど、バブルを意識したわけではありません。だからバブル景気が弾けてからもトーナメントはやめなかった。銀行のトップには『村石さん、こんなご時勢だしやめたほうがいいんじゃないですか』なんていわれましたけど、決算的には全然問題ない。概して不動産業界では、銀行から借りられるだけ借りて攻めの経営をしてきた傾向がありますけど、うちはそうじゃないですから。『心配しなくていいですよ』と答えていました。そういえる自信もありました」

 シニアトーナメントは、その安定した経営のおかげで、バブル景気が崩壊してなお、メインバンクの顔色を気にする必要もなかった。ありていにいえば、本業に余裕があるからこそ、メインバンクをはじめとした外野からの雑音も気にならないのだろう。古い財閥系の資産運用会社ならいざ知らず、とりわけ不動産業界では珍しい存在だったといえる。

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