森功 芝と冠 企業人たちのトーナメント スターツシニアゴルフトーナメント「縁をつなげてきたシニアのパイオニア」(2)


景気に左右されやすい不動産業界の中で、スターツはトーナメントにかかわり続けた

シニアの時代到来を予感し「TPCスターツシニア」を創設したスターツだったが、10年目で一旦、同大会を休止する。しかし、その後、ゴルフトーナメントにコミットすることをやめたのかといえばそうではなく、若手女子プロを応援するためのワンデートーナメントなどを開催していた。景気に左右されやすいといわれる不動産業界で、ゴルフを支援し続けられるのには理由があった。

芸能界の錚々たる顔触れがそろった

郷・スターツレディスのプロアマにて、左から当時社長の村石、プロゴルファーの高須愛子、郷ひろみ、橘田喜和・元野村證券副社長(写真提供・スターツコーポレーション)
郷・スターツレディスのプロアマにて、左から当時社長の村石、プロゴルファーの高須愛子、郷ひろみ、橘田喜和・元野村證券副社長(写真提供・スターツコーポレーション) 【拡大】
「10年休んだのだから、普通だったら新たな名称で再スタートしなければならないのですが、11回目にこだわりました」

 創業会長の村石久二(73)のいうとおり、1989年に「TPCスターツシニアゴルフトーナメント」を始めたスターツは、98年の第10回大会を終えると10年間トーナメントを中断し、2008年から再スタートした。その間、他のシニアトーナメントが増えたため、村石はかつてほどのこだわりが薄れていった、と本音を漏らした。換言すれば、村石は他の企業にできないことを模索してきたともいえる。

 そんなスターツが、女子のトーナメントにも挑戦しようとした。それが、「郷・スターツレディストーナメント」だ。91年のこと。宮里藍や横峯さくらが火つけ役となり、女子人気が爆発した2000年代からさかのぼること10年以上も前である。

「女子は華やかですから。いいなと思ったんです。あのときはちょうど、郷ひろみさんのデビュー20年を記念してやってみないか、という話があって、そこに乗りました。女子ツアー初戦のダイキンオーキッドより早くできますから、といわれ、その気になりましてね」

 村石がそう苦笑しながら、当時を思い起こした。71年にジャニーズ事務所からデビューした郷ひろみは、75年にバーニングプロダクションに移籍し、87年に二谷友里恵と結婚した。それから間もなくのことだ。

「バーニングの周防(邦雄社長)さんが、バックアップしてくれましてね。プロアマには錚々(そうそう)たる顔触れが集まりました。和田アキ子、松山千春、西城秀樹、堀内孝雄、江川卓、平尾昌晃、ショーコスギ、渡部絵美、風間トオル、江夏豊、佐藤浩市、山本譲二、高田純次、布施博、薬丸裕英、小柳ルミ子……。私はアナウンサーの逸見政孝さんと同い年で、プロアマ大会の司会を彼にやってもらいました。逸見さんは奥さんを連れてこられて、郷さんの義理のお父さんに当たる二谷英明さんもいらした」

 その他の大物芸能人でいえば、萩本欽一や加藤茶、堺正章や井上順、谷隼人や石立鉄男、細川たかしなどなど、数えたら切りがないほどだ。

「これだけの芸能人が参加するので大変なことになる、と当時はかん口令まで敷きました。それでも何千人もギャラリーが集まりましてね。本大会よりプロアマのほうが人気がありました」

 と村石。もっとも、そんな華やかな郷・スターツレディスは91年と92年の2回だけで幕を閉じることになる。

「結局、開催日をダイキンオーキッドより前にはできない、といわれましてね。それではあまり意味がない。シニアも続けるつもりでしたから、うちの規模の会社で二つのトーナメントを主催するのはどうか、とも思い、諦めたのです」

 くしくも郷・スターツレディスの開催は、日本のバブル経済崩壊と時を同じくしていた。他のトーナメント同様、女子トーナメントの断念は、やはり経済環境の影響もあったのだろうか。

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