森功 芝と冠 企業人たちのトーナメント ダンロップフェニックス「世界基準のトーナメントを日本に」(3)

11月に緑の芝で半袖でプレーできる、その映像の効果は絶大だった

ダンロップフェニックスの舞台であるフェニックスカントリークラブは、日本のゴルファーにとって一度はプレーしてみたい憧れのコースの一つだろう。もはや見慣れた光景となってしまったが、中継で目にするフェニックスのコースは、11月だというのに、目の覚めるような緑の芝で覆われている。南国・宮崎では当たり前のことなのかと勘違いしてしまうが、さにあらず。その裏には多大な苦労があるのだ。

宮崎を世界に発信しよう、遠大な目標を掲げての船出

まぶしいほどの緑の芝と黒松林、真っ白なバンカーが織り成す美しいコントラストがフェニックスの大きな魅力だ
まぶしいほどの緑の芝と黒松林、真っ白なバンカーが織り成す美しいコントラストがフェニックスの大きな魅力だ 【拡大】
 日本初の世界基準のトーナメントとして住友ゴム工業が選んだ舞台。今年3月初め、その宮崎県のフェニックスカントリークラブを訪ねた。100万本とされる見事な黒松の林を抜け、トーナメントのスタートホールに向かうと、大きなボードが目に留まる。

 ジョニー・ミラー、ヒューバート・グリーン、グラハム・マーシュ……。

 そこには2017年まで、過去44回を数える歴代優勝者たちの写真が、ずらりと居並んでいた。85年の第12回大会に日本人で初めてタイトルを獲得したのが中嶋常幸だ。優勝カップを手に、笑顔で写真に納まっている。詰まるところ、出場選手のレベルが高すぎ、日本人選手が太刀打ちできなかったわけだ。もっとも、世界的なトーナメントであるそんな証しは、むしろ関係者にとっての自慢であり、誇りでもある。

「宮崎を世界に発信しよう」

 それが大会のコンセプトだった。

「そう考えたのが、ダンロップスポーツエンタープライズの立ち上げメンバーだった大西久光さん、それに当時、ここのオーナーだった佐藤棟良さんだと聞いています。ゴルフ場そのものの経営は、佐藤さんからリップルウッドが引き継ぎ、さらに弊社、セガサミーグループへと変わっていくのですが、やはりトーナメントの開催地としての責任は大きい」

 そう話すのが、フェニックス・シーガイア・リゾート執行役員ゴルフ事業部長の永嶋達矢(46)だ。フェニックスCCと隣のトム・ワトソンゴルフコースの総支配人でもある。

 プロゴルフトーナメントに関係する企業を大別すれば、冠スポンサー企業、ダンロップスポーツエンタープライズのような運営サイドの会社、トーナメントを受け入れるゴルフ場に分かれる。それに、地元の協賛としてのテレビ局などが加わるパターンが多いが、ダンロップフェニックスのようにゴルフ場そのものが冠であり主催者になっているのは、トーナメント会場として不変、不可欠な舞台に限られる。

 目の前に広がる青い海と空と眩(まばゆ)いばかりの緑の芝が映える風景――。それがトーナメント会場、フェニックスCCの大きな魅力なのは、異論がないだろう。取材したのはまだ春に遠い3月初めだというのに、着色ではないフェアウェイの芝は青々としていかにも元気だ。その緑をキープするのがけっこうな手間なのだという。

「われわれにとって芝の管理は、特に大事なところです。トーナメントの決勝日となる11月の第3週に、緑の芝で海外のプロが半袖でプレーしているところがテレビに映る。東京などで中継を見ていると、冬なのに宮崎に行けば快適にゴルフができるんだ、となる。それが、ゴルフ=宮崎というイメージづくりに随分役立っています」

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