森功 芝と冠 企業人たちのトーナメント ANAオープン「世界一の路線、札幌-東京をゴルフで結ぶ」(5)


リーマンショックの煽りを受けて、宣伝広告費が1桁減った09年が、ANAオープン最大の危機だった

華やかなトーナメントの舞台裏で奔走する企業人の姿を活写する本連載。5回にわたって取り上げてきたANAオープンも今回が最終回となる。夏場に多くのトーナメントが開催される北海道だが、45年の歴史を誇るANAオープンは、中でも代表格といえる存在だ。それだけに地元財界との結びつきも強く、惜しみないバックアップによって長い歴史を紡いできた。

地元財界の猛反発が大会を存続させた

 ANAはトーナメントの開催地について自社系列のゴルフ場を使わず、札幌ゴルフ倶楽部輪厚コースにこだわってきた。その理由は、地元・札幌財界の要請に応えようとしたからであり、ことのほか北海道とのつながりを大事にしてきたからにほかならない。ゴルフトーナメントをマーケティング戦略の柱の一つに位置づけてきた航空会社だからこそ、社長だった大橋洋治もそこは譲らなかったのだろう。

 もっとも他の老舗トーナメントと同じく、ANAオープンもまた、45年間、ずっと順風満帆に大会を運営できたわけではない。トーナメント存続の危機すらあったという。最大の危機が、リーマンショック後の2009年だった。この年の4月、ANAは大橋の次の山元峯生からバトンを受けた伊東信一郎が社長に就任し、経営の舵(かじ)を握った。くしくもこのとき、飯塚弘衛がトーナメントを主管する宣伝部長を拝命する。現在、全日空商事副社長を務める飯塚が、こう振り返った。

「私が部長になったときは、トーナメントどころか、会社そのものが大赤字に陥りました。大橋時代に200億円くらいあった宣伝広告費が、20数億円に削られ、30億円にも届かなかった。この金額だと、それまでのテレビCMのレギュラー枠すら賄えません。したがって既存のイベントを削る以外にないわけで、当然ANAオープンを続けるべきか、社内で議論になりました。しかし、それまで協力していただいてきた地元の協賛企業から大反対されましてね。北海道のトーナメントは特に地元密着型で、例えば大会中は自衛隊の北部方面隊の演習を止めてもらったりもしてきた。それだけに悩みました」

 概して日本の地方経済は電力会社が核となり、財界活動が展開されている。ゴルフトーナメントにも地元の電力会社の協力が欠かせない。いうまでもなくANAオープンの場合は、北海道電力が中心となってトーナメントをバックアップしてきたのだが、そこが猛反発した。

「もし、ANAオープンをやめるんだったら、この先、北海道の空を飛ばさせない」

 実際、飯塚は北海道電力の首脳からそうまで詰め寄られた。世界最大の北海道路線で地元財界を敵に回すわけにはいかず、続ける以外になかったという。半面、いざトーナメントの継続を決めると、地元は協力を惜しまなかった。

「トーナメントの運営は外注が多いけど、うちはいろんな部署の社員が手作りでやるようにしてきました。そうしてコストを抑えながら、地元の協賛企業にお願いしました。さすがに企業数自体は増えてないかもしれないけど、増額していただいたり。航空業界全体が瀕死(ひんし)の状態ですから、理解していただけました。おかげであのときはこちらの持ち出しはほとんどなく、トーナメントを開くことができました」

 そこは持ちつ持たれつの関係なのかもしれない。そうして危機を乗り越えたトーナメントはさらにパワーアップする。それを後押ししたのが、石川遼だった。

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