森功 芝と冠 企業人たちのトーナメント ファンケルクラシック「シニアツアー黄金期へ牽引した17年」(5)

業績が不調なときこそ広告を増やす逆転の発想

 1999年12月、悲願の東証一部市場の上場を果たしたファンケルでは、とりわけサプリメント部門が成長し、07年まで右肩上がりで売り上げを伸ばしてきた。そして、まさにその好調な社業と歩みを同じくするかのように、ファンケルクラシックも軌道に乗り始めた。トーナメントはBSジャパンで放映され、番組中のテレビCMによりサプリメントの注文が殺到するようになる。ゴルフファンのみならず、一般のシニア世代にも、サプリメント販売のパイオニアとして会社のブランドイメージが定着していった。この間の05年6月、創業者の池森自身は名誉会長に就任し、経営の第一線から退く。

 ところが皮肉にも、その辺りから、サプリメント販売に乗り出す食品会社が現れ、競合他社に押されたファンケルの業績が後退する。07年のピーク時に1010億円を誇ったファンケルの売り上げはそこから減り、13年3月期には21億円の赤字に転落した。むろん赤字は創業以来初の経験である。

 その危機を救うべく、池森は会長兼最高経営責任者(CEO)として経営の第一線に返り咲いた。経営の建て直し、リストラクチャリングに取り組んだのだが、いわば企業最大の危機にあって、ゴルフトーナメントをやめる選択肢はなかったのか。

「13年に経営にカムバックした理由の一つは、業界のパイオニアだったサプリメント事業において、大手食品メーカーなどの異業種が参入することで競争が激化し、シェアを落としていたからでした。しかし、苦しかった当時の経営陣にもファンケルクラシックをやめるという考えはなかったようです。私自身は復帰してから創業者にしかできない改革をスピード感を持って行おうと、赤字部門の解消も行いました。例えばエステ事業の売却や、不採算店舗の整理などです」

 池森が5年前をそう振り返った。人員削減などには手をつけなかったのか。

「幸いそこまでの苦労はありませんでした。しかしながら、社員のモチベーションが著しく低下し、ファンケルらしさが失われているという大きな危機感を抱いていました。会社の業績が悪くなることで、士気が下がり、社員が辞めていくような事態になってはならないと……」

 池森は、こう話した。

「つまり、人が有り余ってうまくいかない状況ではなく、今の人たちがもっと十分活躍できる場所をつくればいい、という考えでした。だから私は人員削減などやるつもりはなかったし、いま一度社員が夢を持って働けるような、魅力ある会社に戻したかった。そこで社員のモチベーションを上げ、ファンケルらしさを取り戻すため、社内にファンケル大学という社内教育専門の組織を設け、社員教育に力を入れました」

 意外なことに、会社再建のカギは広告のあり様だったという。

「とどのつまりあの時期は、ファンケルの知名度が下がってきてしまっていたわけです。その最大の要因は、広告宣伝。売り上げが下がるので、広告費を削った。それは営業マンを削るようなものです。だから逆に従来の倍の費用を投じる広告投資を行い、広告効果を最大化するために卸販売の拡大などに注力しようと取り組みました。構造改革に2年をかけ、3年目から3カ年計画を作って元に戻してきた。ここへきてようやく業績の一番よかった時期に戻ってきたという感じです」

 通常、企業経営者は経営が傾けば、真っ先に広告宣伝費を削る。が、池森は逆転の発想をしたといえるかもしれない。もし仮にファンケルクラシックをやめてしまえば、ブランド価値が落ちてしまう……。

「17回もトーナメントをやっていると、ゴルフ好きの方から、『ファンケルさんといえば、クラシックですよね』といってもらえますからね」

 と、池森。創業経営者ならではの大胆な発想がシニアツアーを支えてきた。

(文中敬称略・この稿、了)
Written by Isao Mori
※週刊パーゴルフ(2018年3月20日号)掲載


森功(もり・いさお)
1961年生まれ、福岡県出身。確かな取材力と筆力で真相を抉るノンフィクション作家。2008年『ヤメ検』、09年『同和と銀行』(ともに月刊現代)で2年連続「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」を受賞。ゴルフ歴15年

※次回は8/16(木)更新予定


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