森功 芝と冠 企業人たちのトーナメント ファンケルクラシック「シニアツアー黄金期へ牽引した17年」(3)

池森の現状突破型経営が、シニアツアー参入にも影響した

ファンケルクラシックが始まった2001年当時、シニアツアー人気は低迷し、前年の試合数は5試合と、どん底だった。社員からも女子のほうがいいといった反対意見が聞かれたが、会長の池森賢二は50歳になったプロが職場を失う現実をどうにかしたい、と開催を決断。「シニアの元気が日本の元気!!」をスローガンに、意気込んで第1回大会を迎えた池森だったが、現実はそう甘くはなかった。

女性だけを対象にする化粧品会社からの脱皮

第1回大会優勝の髙橋勝成を祝福する池森。大会をやり遂げ満足そうな表情だが、一方、観客動員には不満の残る船出だった
第1回大会優勝の髙橋勝成を祝福する池森。大会をやり遂げ満足そうな表情だが、一方、観客動員には不満の残る船出だった 【拡大】
 ファンケルクラシックは、2001年8月の第1回大会から数えて今年で18回目を迎える。優勝賞金1500万円、賞金総額7200万円は、もとよりシニアのスポンサー大会随一のビッグトーナメントだが、その人気や知名度は、数ある男子の名門レギュラー大会に引けを取らない。

 これだけ大きなトーナメントを開催するとなれば、その総運営費はざっと4億円ほどかかる。第1回大会当初は、今よりやや規模が小さかったそうだが、それでも一つのスポーツイベントを主催する冠スポンサーにとって、企業負担は並大抵ではない。そんな経営の決断を迫られた創業会長の池森賢二(80)は、社内の反対を押し切り、自らトーナメントの陣頭指揮を執ってシニア大会の開催に踏み切ったことになる。

 ファンケルがシニアトーナメントを始めた時期は、池森にとって事業上の転換期に当たっていたといえる。シニア向けのビジネス展開だ。

「確かにあのころ、高齢者向けのビジネスをやろうという気持ちは、頭の中にありました。世の中の不安や不満、不快といったさまざまな“不”を解消することを理念とするだけに、これからは女性だけがビジネスの対象じゃないよ、というそんな気持ちといえばいいのでしょうか」

 池森が17年前をこう振り返った。

「要するに、われわれとしては、これからの高齢化社会に備えた対応をやっていかなきゃならん。現実に当時『毎日が発見』というシニア向けの雑誌を発行し、シニア向けのビジネスにもチャレンジしていました。そういう意味では、ファンケルシニアクラシック(当時)という名称のトーナメントには抵抗がありませんでした」

 そもそもファンケルは、従来化粧品による女性の肌荒れ解消を目的に開発した無添加化粧品の販売からスタートした会社だ。この時期の池森は、いわばその創業期の事業から脱皮しようとしていたに違いない。ありていにいえば、次なる顧客ターゲットが高齢者であり、それが高齢者向けのサプリメント開発だったのだろう。ただし、こうもいった。

「シニア大会の開催は、決してサプリメント商品の売り上げを伸ばす宣伝という感覚ではなく、もっと大きく構えていたつもりです。われわれは女性だけを対象にしている単なる化粧品会社ではなく、もっと幅広く事業を展開しようと……」

 当時としては珍しいシニアトーナメントに進出した背景は事業の多角化、新たな分野へのチャレンジという、いわば現状突破型経営が根底にあるようだ。

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