あの頃ワタシは若かった 昭和の履歴書 女子プロ編 vol.8 -吉川なよ子-

雑誌でプロゴルフ界を知り、プロ入りに向けて一念発起

 やがて、練習場に9ホールが併設された施設に事務員として就職。2時間の休憩の時間を使ってボールを打ち始めた。もともとゴルフが取り持つ縁だっただけに、夫もゴルフをすることには理解があり、ウイルソンのフルセットを買ってもらった。休憩時間にゴルフ雑誌をめくっていると、樋口久子と鳥山由紀子が特集されていた。「プロゴルファーの世界を知ったのは、このときでした」。その世界に飛び込んでみたい! そう思うとすぐ、練習場の支配人にプロゴルファーを目指すことを告げた。しかし「うちでは雇えない」といわれ、練習場所を探した。

 本気の練習が始まったのは、京都府長岡京市の光明寺の前にあったゴルフ練習場だ。100ヤード、1階打席だけの小さなドライビングレンジ。ここで打席へのボール出しを手伝う傍ら、合間に練習させてもらうようになった。目の前にある光明寺の階段がトレーニングの場。猛暑の中、体をイジメ抜くのが日課になった。

 定山渓での生活が、ここで生きてくる。「学校まで片道40分。ツルツル滑る山道を通い続けたことで、下半身だけは並外れて安定していたんです」。本格的にプロを目指して、わずか半年でプロテスト初挑戦。それは他の受験生にも無謀に映った。

「だってまだ90を切ったことがなくて、ドライバーは150ヤードしか飛んでなかったから(笑)。一緒に回った選手からは『あんたそんなんでよく来たね』といわれました」

 この1971年の秋のプロテストで、吉川は86で回った。合格ラインには足りなかったが、「ただただうれしかったですね。だってベストスコアが出せたんだもの」と吉川は振り返る。

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