あの頃ボクは若かった 昭和の履歴書 vol.32 -高松厚-

プロゴルファーになって大金を稼ごうと人生大転換

 高松の決断は、音楽仲間にも衝撃を与えた。「音楽やめて、プロゴルファーになるっていったら、誰も本気にしなかった(笑)」。それはそうだろう。この時点で高松のゴルフ歴は「高校時代に遊びで一度、打ちっ放しに行ったかどうか」。だがアパートで何となく見ていたゴルフ中継で映し出された青木功の持った優勝賞金1000万円の小切手の衝撃は、プロゴルファーになるために実家に戻らせるに十分だった。

 狂喜乱舞したのは父だった。建設業を営む傍ら、すでにゴルフ好きが高じてハンディは6。翌日からは喜々として、高松にゴルフの手ほどきを始めた。音楽漬けの毎日を送っていた高松は、172センチの身長に対し体重は50キロしかなかった。それでも「ふくらはぎの筋力はものすごく強かった」。実は「プロのドラマーは、腕よりも足をものすごく使うんです」。下半身の強化が、ドラムをたたく中で自然に行われていたわけだ。
 スイングで重要なリズム感については、文句のつけようもない。練習してみると飛距離に関しての不安はなかった。「9番アイアンで150メートル飛んでいましたから」。朝から晩まで練習する日々が続き、1カ月後に関東国際CC(栃木県)でコースデビュー。初ラウンドで90台が出る。半年後、初競技の全日本パブリック選手権の予選で70台をマーク。芳賀CC(栃木県)のメンバーだったため、「佐藤剛平プロと回らせてもらって、アドバイスをもらっていました。一人のアマチュアとして、ですが。プロになるなんて、とてもいえませんよ(笑)」。

 高松はさらにハンディ4まで腕を上げる。それにしてもプロを目指すには、22歳でのスタートはあまりにも遅い。周回遅れからのスタートもいいところだけに、「プロになりたい、と芳賀のヘッドプロである森口(康一)プロに話したら、あきれ顔で『やめとけ、ぜ・っ・た・い・に、やめとけ』っていわれた(笑)

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