あの頃ボクは若かった 昭和の履歴書 vol.29 -真板潔-

7回目のプロテストで自己暗示をかけて合格

 不合格となってコースの寮に戻ると、上手なのになかなかテストに受からない先輩を見て、「自分もこのまま受からなかったらゴルフをやめるのかな」と、不安になった。そこで環境を変えようと、両親に頭を下げて実家に戻った。

 実家に引っ越しても、やることは基本的に変わらない。朝、起きると冬は真っ暗な中をランニングする。シャワーを浴びてコースに向かい、ボールを打って7時半には集合して仕事。終われば練習する繰り返し。それでも実家に帰ったことで気持ちがリフレッシュできた。「受からなかったらどうしよう」という不安を押しのけ、「受かるんだ」という前向きな気持ちになることができた。

 満を持して挑んだ7回目のプロテスト。予選の舞台は伊豆下田CC(静岡県)。それまであまり得意なコースではなかったが、「ここを通れたら本戦も通る」と自己暗示をかけて突破し、本戦に進んだ。千代田CC(茨城県)での本戦は、第3ラウンドでホールインワンを出すラッキーもあった。それでも気持ちをフラットに保って余裕で合格。1985(昭和60)年春のことだった。
 合格後、飛距離が欲しくなって寒い中、練習したことで腰を痛めた。以来、ショートゲーム重視の練習方法と持論はさらに強くなった。「結局、スイングは作るものじゃなくてできるもの。プロは自分のイメージが大事だから、コーチに教わってばかりいるとダメになったときに自分で考えられないから」と、常に一人で戦い続けてきた。「人にいわれるのが嫌いなほうだから、苦しくても自分一人で戦ってきたんです」と照れくさそうにいうが、シニアになった今も戦い続ける息の長さの秘密はここにある。

 2016年はシニアツアーですでに2勝。今の目標は「1年でも長くプレーを続けること。最低でもあと10年は頑張らないと」と笑う。15歳を頭に、9歳、8歳の3人の娘を持つ父としての言葉だが、自信もそれを支えている。自らも口にするパットの名手として、そして人生で一番飛距離が出ているショットを武器に、真板はまだまだ戦い続ける。苦しくても、自分を叱しっ咤た激励しながら。
私の金言
「人からあれこれいわれるのがイヤだから、一人で戦ってきた」

 真板が自分自身の信念として持っていることが、この言葉に表されている。人にアドバイスを受けるのは、いいことかもしれない。でも、プロは結局イメージ、感性が大事。だから自分自身を信じて、自分でスイングやスタイルをつくり上げていったほうが、不調時に自分で立ち直ることができる、というわけだ。

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