あの頃ボクは若かった 昭和の履歴書 vol.29 -真板潔-

得意なショートゲームを徹底的に練習する毎日

2016年は広島シニアにも勝利と絶好調だ
2016年は広島シニアにも勝利と絶好調だ 【拡大】
 中津川CCには最も多いときで14人の研修生がいたが、支配人が理解のある人だった。キャディの仕事がないときには、午前中仕事をすれば午後は思う存分、練習させてくれた。15時を過ぎれば9ホール、コースを回ることもできる。ここで思いきり真板はゴルフ漬けになった。

 橋本と、棚網良平の長男である清隆の二人のプロがいた。当時の常として手取り足取り教わることはなく、自分で見て盗む練習を繰り返した。打ち上げの練習場で球を打ち、アプローチとパターに精を出す。

「中津川は距離があまりないけれど狭いコースだったので曲げないことを覚えました」と振り返る。

 パッティングには当時から大きな自信を持っていた。今でもパットは得意なだけに、こんな持論を持っている。「パットって、練習すればうまくなるってもんじゃないと思うんですよ。僕は最初から得意だった。それをさらに磨いたんです。研修生時代からですかね、調子のいいときにはヘッドの幅でラインがイメージできるようになったのは。パットはとにかく距離感です。距離感が出ないとラインが出せません。だから距離感を出す練習をしました」。距離感を出すために編み出した方法が、3球同じところから打ったら、次は違うところからまた3球打つ、というものだった。これは、パッと見て距離感とラインを出すための練習方法。特にロングパットはこれを繰り返した。

「僕は飛ぶほうじゃないし、ショットはそこそこでいいから」と、当時から得意なショートゲームを徹底的に練習した。おかげで22歳の春にはプロテストまでコマを進めることができた。初めての挑戦は、初日まあまあのスタート。ところが第2ラウンドで誤球をしでかした。そのホールからゴルフがバラバラになって不合格。以後、最終テストまでは進むのに合格ラインにまったく届かないことが5回続いた。

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