森功 芝と冠 企業人たちのトーナメント フジサンケイクラシック&フジサンケイレディスクラシック「メディアの看板トーナメント」(2)


日本でトップの名コース、川奈での開催は、「むちゃな」といわれる挑戦的試みだった

華々しいトーナメントの舞台裏で戦う企業人の姿を活写する好評連載の第5弾。「フジサンケイクラシック」「フジサンケイレディスクラシック」は、普段は広告を売る立場のメディア企業が、冠スポンサーをつけず自らの看板を掲げて主催する珍しい成り立ちのトーナメントだ。そこには、テレビ、ラジオ、新聞がそれぞれの特徴を生かし、フジサンケイグループ全体を盛り上げる狙いがあった。

グループ2代目議長・鹿内春雄の命を受け、川奈での開催に奔走

 自動車メーカーでもタイヤメーカーでもなく、一般消費財ビジネスでもないメディアグループによる老舗のプロゴルフトーナメント。今年45回を迎える男子の「フジサンケイクラシック」、36回を数えた女子の「フジサンケイレディスクラシック」は、産経新聞やサンスポといった新聞社やニッポン放送や文化放送も共催企業として名を連ねる。文字どおり、1万人の従業員を擁するメディアコングロマリットの看板イベントだ。そのトーナメントを牽引(けんいん)してきたのは、今も昔もやはりグループの大黒柱であるフジテレビである。

 フジテレビで長年トップに君臨してきた日枝久(79)は、男女ともにトーナメントの草創期から携わってきた。この6月の株主総会でフジテレビ会長を退くことを発表してなお、フジサンケイグループ代表としてトーナメントに力を注ぐ。

 フジサンケイグループでは、かつてその総帥がグループ会議議長という名称で呼ばれてきた。初代議長の鹿内信隆が埼玉県東松山市の高坂カントリークラブでの男子トーナメントを発案したのは前回で触れたが、信隆は1985年、長男の春雄に議長の座を譲った。そこで、春雄がトーナメント開催の指揮を執るようになる。

 男子のフジサンケイクラシックは73年から78年の第6回大会までが高坂カントリークラブで開かれ、79、80年と2回の東松山カントリークラブ(埼玉県)開催を経た後、開催地を川奈ホテルゴルフコース富士コース(静岡県)に移した。それを決断したのが、グループ2代目議長の椅子に座る前の鹿内春雄である。

 周知のように現在のトーナメントの開催地は、男子が山梨県の富士桜カントリー倶楽部で、女子が川奈ホテルゴルフコースとなっているものの、長らく男子が川奈、女子が富士桜、と逆だった。今でこそ女子が男子を圧倒しているトーナメント人気は、かつて男子プロの活躍によって支えられていたといえる。

 中でも、フジサンケイクラシックの開催地である風光明媚(めいび)な川奈の大会コースは、尾崎将司や青木功、中嶋常幸の全盛期と相まって大勢のギャラリーが押し寄せ、ゴルフファンがテレビにかじりついたものだ。

 鹿内春雄の命を受け、その川奈ホテルゴルフコースにトーナメントの開催地を移すべく、81年の第9回大会のために奔走したのが、ほかでもない編成局長時代の日枝だった。日枝がそのときの裏話を打ち明けてくれた。

「川奈といえば、世界のトップ100に選ばれるような日本を代表するコース。鹿内春雄としては、どうせやるなら、これまでどこもやったことがないようなコースがいいと思い立ったようです。しかも、ゴルフ場の稼ぎ時であるゴールデンウイークにやりたいという。コースを借りるにしても、普通のコースの倍まではいきませんが、かなりの高額。それで営業部門は、『経費はかかるし、そんなむちゃな』と反対していました」

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