【GOLF、今この人に聞きたい!】 第65回:廣川雅一さん

 「ゴルフはまったく興味なかったんですよ。でも会長が喜寿(77歳)のお祝いで盛大にコンペを開きたいと言い出したので仕方なく始めたんです」

 会長とは同社の創業者で、雅一さんの父親でもある廣川悟朗氏。

 「ウチの経営は、まだそれほどよくありませんでした。会長は業界の人とゴルフに行くのは気を使うのか、本当にイヤイヤの様子でしたね。俺はゴルフはやりたくない、といってましたから」

 18歳で同社に入社し、父親の仕事ぶりに触れてきた雅一さんは、そう回想する。

 ところが会長はある日、仕事抜きの友達とゴルフに行ったところ、突如としてハマってしまったらしい。ラウンドするだけでなく、自分用のゴルフシューズも作ってしまった。すると仲間から自分用も作ってほしいと依頼が殺到した。当時は会員権を持っていないと自由にプレーができない時代。「ゴルフ場に連れていくからシューズを作ってくれ」という声に応えて、ほとんど週に1回はゴルフ場に行くようになったという。

 そんな父親と過ごしながらも、雅一さんはゴルフにはまったく興味なし。趣味はもっぱらアウトドアで、よく訪れていたのは神奈川県にある神之川という道志川の支流のキャンプ場。天気がよい日には愛車のランドクルーザーに乗って毎週のように子供たちを連れてキャンプに出かけ、渓流釣りやバーベキューを楽しんでいた。

 一方の会長は会員権を3カ所購入し、ゴルフ熱はますます高まるばかり。そこで冒頭の喜寿コンペの企画である。それは今をさかのぼること18年前、雅一さんが42歳のときだ。


 「1年前から計画を始めたところ、話がどんどん大きくなってしまって(笑)」

 会長がどうしてもやりたかったのは、参加者全員にゴルフシューズをプレゼントすること。コンペの参加者は60人。そもそもサイズが分からないうえに女性もいる。それでも当日にシューズを渡したいというのが会長の要望だ。現実的に考えれば最低1カ月前には採寸しないと60足用意するのは不可能だ、と雅一さんは進言した。

 「60人だったら100足分、男女それぞれのサイズを用意すれば絶対に合う靴があるはずだ、と会長がいうんです。発想がすごくて、私も頭が上がりませんでしたね」

 そしてコンペ当日。ハーフタイムの休憩時間に採寸と試し履きをしてもらってサイズを決める。パーティーの時間までに用意した100足の中から個々人に合ったサイズ、デザインの靴を選び、箱に名前の入ったステッカーを貼って手渡した。余った40足は準備を手伝ってくれた関係者にプレゼントし、それでも残ったぶんはすべてゴルフ場に“景品に使ってくれ”と置いてきた。

 雅一さんは自らも喜寿のコンペに参加するため、重い腰を上げて初めてゴルフクラブを握った。夫人と一緒にスクールに通い、コンペまでにプレーしたのは3ラウンド。

 「参加者の皆さんからゴルフの楽しさを教えてもらいました」


「当社会長の喜寿のお祝いにゴルフコンペを開催しまして、それが始めるきっかけでした」

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