森功 芝と冠 企業人たちのトーナメント ダイヤモンドカップゴルフ「最強の財閥、スリーダイヤの矜持」(5)

“三菱”の冠がついたり外れたりする深い理由

“最強の財閥”三菱グループの看板を背負う「ダイヤモンドカップゴルフ」の裏側に迫るシリーズの最終話。三菱商事とともに主催を担う関西テレビの不祥事と、続くリーマンショックの余波により存続を危ぶまれた大会は、関テレの羽牟正、飯森睦尚と三菱商事・廣田康人との偶然の出会いにより、どうにか窮地を脱する。しかし、存続を決断した当時会長の佐々木幹夫でさえ、“三菱”の名を大会名から外さざるを得なかった。

三菱グループとしてダメならうちがやる

レジェンド・中嶋常幸との優勝争いを制し、今をときめく松山英樹が優勝した13年大会。ダイヤモンドカップゴルフが生んだ名勝負の一つだ
レジェンド・中嶋常幸との優勝争いを制し、今をときめく松山英樹が優勝した13年大会。ダイヤモンドカップゴルフが生んだ名勝負の一つだ 【拡大】
 リーマンショックの前に戻ったかどうか――。いまだに賃金や物価、雇用といった経済指標の目安に使われるほど、日本企業にとってリーマンショックの影響は甚大だった。どん底に近い経営環境において、真っ先に削減候補に挙がるのが広告やスポンサー費用なのは間違いなかった。三菱グループ内でも、ゴルフどころではない、とトーナメントの継続に反対する意見が続出する事態が予測された。何より軒並み業績が悪化する中、株主総会で異論が出ると対処できない。

 そうして窮地に立ったトーナメントは、2009年5月を最後に三菱の冠が外れ、10年から「ダイヤモンドカップゴルフ」として生き残った。当然、そこには理由がある。

 三菱グループ中核29社の「金曜会」は、企業の親睦組織である半面、スリーダイヤの商標を管理する役割を担う。それまでの「三菱ダイヤモンドカップ」という冠は、金曜会、つまりオール三菱が認定したトーナメントであることを意味してきた。

 だが、それが許されない事態に追い込まれたのである。そこに三菱商事会長だった佐々木幹夫の苦悩が見え隠れする。主催者である関西テレビ放送から頼み込まれ、総務部長の廣田康人(現常務)の報告を聞いた佐々木が、このときどんな行動に出たのか。関テレ常務の飯森睦尚が記憶のひだをめくった。

「佐々木会長(当時)はすぐに『三菱グループとしてダメならうちがやる』とおっしゃっていただき、勇気づけられました。ですが、それだけでは済まない。自ら金曜会の各社に協賛の声を掛けてくださったのです。御三家である三菱商事トップの発信力は、さすが大したものだと脱帽しました」

 もともと三菱商事1社だけでトーナメントをスポンサードするのは無理があるが、金曜会の総意ではないので、「三菱」という看板も使えない。そこで10年の狭山GC大会では、1億5000万円だった賞金総額を1億2000万円に減額したうえ、三菱商事も主催という立場を取らなかった。あくまで協賛という形の一歩引いたバックアップだ。そうして協賛スポンサーになってくれる同列の有志企業を募った。繰り返すまでもなく、その先頭に立ったのが、佐々木である。

 ダイヤモンドカップ存続への事務局を担ったのが、総務部長の廣田と後に広報部長になる小林建司だ。まず三菱グループの中でも、エンドユーザー相手のビジネスをする明治安田生命やキリンビール、三菱電機、ニコスカードといった企業をリストアップ。そこに声を掛ける一方、御三家の三菱重工や食品物流の三菱食品といった交渉の難航しそうな相手に対しては、佐々木が直接電話で説得を試みた。たまたま三菱食品の経営陣は、かつての佐々木の部下だった。また三菱倉庫のように協賛こそ断ったが、佐々木の顔を立て、ドラコンやベストスコア賞などの特別賞で協力する会社もあった。

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