あの頃ボクは若かった 昭和の履歴書 vol.16 -渡辺司-

ゴルフ場への就職は4年間の島流し

 父と練習場に行ってみて呆然(ぼうぜん)とした。ゴルフを根底からバカにして、野球少年には簡単に当たると思っていた。それなのに最初のひと振りは空振りだった。「何で!?」。驚き、悔しい気持ちでいっぱいになった。真っすぐに飛ばすとか芯に当てるのは難しくないと思っていた。「慣れれば当たる」。そう思ったが、なかなか当たらなかった。そんな状態で姉ヶ崎CC(千葉県)に就職した。

 ゴルフは素人同然。あるのは父への恩返しの気持ちだけ。プロゴルファーになろうという気持ちなどまったくなく、仕方ないから4年間ゴルフ場にいるつもりだった。時期がきたらゴルフをやめて調理師になる。そう思っていた。だからキャディの仕事はするが、練習などほとんどしない。上達するわけはない。

 ところが、この生活では困ってしまうことがあった。「島流しになっていたようなものだけど、野球部の寮生活で1年生に戻ったと思えばよかった。想像よりもだいぶだらけていた」という研修生生活は苦しくはなかったが、ゴルフが下手だと“ニギリ”で負けてしまうのだ。「負けたくない」という気持ちが芽生え、必死で練習したところ、半年後にはプロを相手にハンディがほとんどないほどにまでなった。

 練習は見よう見まね。2~3カ月間、早朝と夕方、コースを回っているだけだった。そこで試行錯誤しているうちに腕が上がった。

「4年も5年もやってダメな人は辞めたほうがいい。野球でもプロになる人は全然違うといったけど、ゴルフだって努力で解消できない領域の人間っていうのはいるんだよね。そこまでいかなくても、プロになるレベルには練習以前のことってあると思う」と言い切る。

 こうして腕前を上げ、研修会に出て周りを見ても「ヘタだなぁ」と感じるまでになった。「辞める決断をする前にテストに受かっちゃった」のは1981年。すでに約束の4年を過ぎていた。

 プロゴルファーになりたかったわけではなかったのに、プロテストでは緊張した。周りの人間がビビるのを見て、自分も緊張していったのだ。こうなると練習量や努力という裏づけがないだけにキツい。ここまでくると受かりたいという気持ちになっていた。

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