あの頃ボクは若かった 昭和の履歴書 vol.15 -水巻善典-

父とのつき合いで始め、研修生で初めて猛練習した

 息子が小学生のころ、ゴルフに熱中し始め、64歳でハンディ4にまでなったほど凝り性の父。仕事柄、加工はお手の物。短く切ったクラブを息子にも与えてくれた。しばらくの間、息子は年に1~2回、父の練習につき合う程度だったが、それでも「空振りをした記憶がない」というのだからセンスはあったのだろう。その父とゴルフに触れてきたことが、思いがけない形になった。

「今思えば、あの事件がなければプロになっていないかもしれない」と振り返る後輩の不祥事。ひょんなことがきっかけで、プロゴルファーを目指すことにした水巻は、大学を卒業すると研修生になった。父だけでなく自分もメンバーにしてもらっていた広陵CC(栃木県)に入社。練習ざんまいの日々が始まった。

 それまでも、きちんとゴルフを教えてもらったことなどなく、ここでも自分だけが頼り。研修生になって初めて、猛特訓といっていいほどの練習量をこなし始めた。ゴルフ雑誌を読みあさり、当時、飛ぶ鳥を落とす勢いだった若手の、中島常幸(現在は「中嶋」)、倉本昌弘らの記事を参考に、ひたすら素振りを繰り返す。朝は5時に起きて球を打ち、キャディや売店の仕事をこなしながら、時間を見つけて練習をする毎日を送った。当時は教えてもらうのではなく、「見て覚える」のが当たり前の時代。だが水巻の場合、コースに自分より上手なゴルファーがおらず、自分で考え、技術を磨いていった。

関連記事一覧

スペシャル最新記事一覧

Pargolf Members

すでに会員の方はこちら

最新トピックス


アクセスランキング

ツアー・トーナメント