あの頃ボクは若かった 昭和の履歴書 vol.4 -小山武明(タケ小山)-

ゴルフが好きなただの高校生だった

当時としては珍しい連続写真。さすがプロゴルファー!
当時としては珍しい連続写真。さすがプロゴルファー! 【拡大】
 サラリーマンだった父・秋吉氏が仕事の付き合いでゴルフを始めたのが38歳の時。当時8歳だった息子・武明は、父の知人から子供用のクラブをもらっていっしょにゴルフを始めた。だが、当時は野球に夢中。ゴルフはたまに、父と練習場「高尾ゴルフセンター」に行くだけだった。

 そんな武明少年に目をかけてくれたのが、練習場のティーチンプロだった。「野球は金にならないからマジメにゴルフをやれ」と、たまに手ほどきをしてくれた。中学時代は野球部だったが、監督とそりが合わずに2年で退部。入学した世田谷学園高校にはゴルフ部などない。すると「右手の使い方がゴルフに近いから、硬式テニス部に入れ」とプロに勧められて入部した。しかし高2になると今度は先輩とうまくいかず退部。この時から真剣にゴルフを始めた。

「球拾いをやりますから練習させてください」と頼みこみ、高校から帰ると毎日通って球を打つ。初ラウンドは父と行った廣済堂埼玉GC。スコアは110だった。だが、時代はバブル期に向かっていく真っただ中。普通のサラリーマン家庭では、子供に休日のラウンドなどをさせるなど考えられない。自ら練習場やキャディのアルバイトでお金を貯め、長期休みの時にプレー代の安いパブリックコースに、バッグを担いで原付で通ったりしていた。

 2年の終わりの春、初めて出場した東日本ジュニアで異様な環境に目を丸くした。上手な選手がいることにも驚いたが、多くの選手たちが平日なのにいい車に乗った親に送迎されて試合にやってきていたからだ。自分や友人たちは学ランを着て、電車に乗って試合会場に来ていた。クラブやボールもアルバイトで稼いだ金で買っていた小山の常識では、その送迎風景に違和感を感じた。「回りのジュニアは別世界にいた。なんか間違っている特殊な世界だな」というのが正直な印象だった。ジュニアの試合に出たのはこれが、最初で最後。プロゴルファーになるつもりなどさらさらなく、大学に行き、就職するつもりでいた。「大学に行けば、もう4年遊べるな」という下心もあるごく普通の高校生だった。

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