幼少期から父・中島巌氏の厳しい指導の下、腕を磨き、1973年の日本アマで、当時の最年少記録となる18歳での優勝を達成。75年にプロ転向すると、76年に初優勝をマーク。翌77年は22歳の若さで日本プロゴルフ選手権を制覇した。82年には当時4年連続で賞金王を獲得していた青木功を抑え、初の賞金王を獲得。勝利数は、歴代3位となる通算48勝、賞金王には4度輝いている。青木功、尾崎将司と共に“AON”と呼ばれ、日本男子ゴルフ界で絶大なる人気を誇った。今なおレギュラー・シニア両ツアーに参戦しており、2013年のダイヤモンドカップでは、最終日まで優勝争いを繰り広げた。