取材の現場から

名門コースに勤めるカリスマブロガーキャディの破天荒人生

ゴルフ界の草分け的人気ブロガーであり、関東の有名ゴルフ場でキャディを務めるかたわら、R&Aのレベル2の資格まで持っているスーパーレディーが井手口香さん。さらに高みを目指し、学芸員の資格を取るため現在大学生として勉強中だという。その井手口さんを直撃した。

『今日のお客さん』。そう銘打たれたブログは、多くの読者の共感を呼んだ。井手口香さんが、このブログを始めたキッカケは「紳士のスポーツ」とはかけ離れたゴルファーたちの、傍若無人な振る舞いに衝撃を受けたからだった。

キャディが運転する乗用カートの助手席にふんぞり返り、そこからたばこをポイ捨て。グリーン上に唾を吐く輩もいた。「話が違うじゃん。何が紳士のスポーツだ」。そんな静かな怒りを5~6行で綴るうち、読者は着実に増えて行った。

当時はゴルフ関連のホームページも数えるほど。「ミズノゴルファーズランド」やイーゴルフの前身である「144ゴルフクラブ」が目を引く程度だった。

「当時はまだ22歳で、怖いもの知らずだった」井手口さんは、無法ゴルファーの実名まではさらさないものの、そのゴルファーがメンバーになっているゴルフ場名は公表していた。そのため「いつもうちのメンバーがスミマセン」とメールしてくる支配人もいれば、「お褒めいただきありがとうございます」と御礼のメッセージを伝えて来る支配人も出現。すでに井手口さんは、ネット上では「知る人ぞ知る存在」になっていた。

その後ゴルフ場の予約サイトが登場し、のちに楽天に吸収される「ゴルフポート」から「今日のお客さん」の連載を依頼された。

「目の前で『エッ?』と思うようなことを平気でやる人が、あまりに多い。よし、これを書いてやろうと」。
日々、目の前で起こることがコンパクトにまとめられて配信された。

元々高校時代は文芸部。文章を書くのは苦にならなかった。その新鮮な着眼点と文章力に魅了された読者が徐々に増えていく。ネットならではの現象で、読者は全国に広がっていった。

井手口さんは佐賀県武雄市に、3人姉妹の長女として生まれた。高校卒業後上京し、東京・江東区にある特許庁関係の事務所に就職し4年のOL生活を送る。たまたま帰郷した際に、佐賀クラシックゴルフ倶楽部が開業するという噂を耳にした。「オープンなら皆同じところからのスタートだし、外のお仕事がしたい」と就職を決めた。

ここでキャディ育成業務を兼務していたのがヘッドプロの長田力。PGA会長も務めた長田は、井手口たちにこう言った。「キャディは技術職。一回覚えてしまえば、どこに引っ越したとしてもすぐに仕事ができる」。

福岡の系列コースから先輩のキャディたちが泊まり込みでやって来ての研修は厳しかった。「先輩のやっているのを見ながら、それを覚えていく。プロたちに就くときには距離やラインの読み方、立ってはいけない場所などを教え込まれました。ちゃんと教育してもらったな、と実感しています」(井手口さん)。 

この時、支配人からこんな言葉が飛び出した。「ルールもしっかり勉強して、ゴルファーにも教えてあげられるようになってください」。井手口さんは、心底驚いた。

「ゴルフをやる人が、なんでルールを知らないのか。そんなこと、ありえるのか」。井手口さんの探求心に火が着いた。キャディ同士で勉強会を開催。30人で勉強会を開くようにもなった。

半年後に初めてクラブを握った。レンタルクラブで回り182を叩いた。さらに半年後のラウンドに向けハーフセットを購入したが、185を叩く。一念発起して、別の練習場でレッスンを受けた。キャディ割引はあったものの、ほめて育ててはくれなかった。思い通りにならず、泣きながら1年半練習し、ついに100切り。98で回った。

1999年、IMacを初めて買った。実はすぐ下の妹がコンピュータの会社に就職していた。その妹が、こうアドバイスをしてくれた。「パソコンをしたいなら、ホームページを作れば?いろんな勉強にもなるから」。
 そこで生まれたのが「今日のお客さん」。ある日のブログを再現すると、こんな感じだったという。
「練習場の脇を通ると、お客さんの声が聞こえてくる。『よ! 今日イチ!』。『練習場で今日イチ打ってどうすんねん…』」

ブログが評判を呼び、東京で読者のグループが出来た。井手口さんはお客さんから「関東の名門コース」の話を聞かされ、そこでどうしてもプレーをしてみたくなる。

OL時代に東京生活の経験もあり、土地勘のある井手口さんは、仲間のキャディ2~3人を募っては「ディズニーランド&ゴルフツアー」を開催。夜は読者仲間が飲み会を開いてくれ、親交を深めた。

この時、冬場のゴルフの話になり「やっぱり茶店のおでんが一番だよね」というテーマで盛り上がっていると、関東勢の目がテンになった。「おでん? そんなの食べたら、お昼食べられないじゃん」と返され、今度は井手口さんたちの目がテンになる。

この直後のブログは、こんな感じになったという。

「冬は茶店でおでんに限ります。玉子と牛筋を食べたから、球筋、よくなっちゃったよね~。これ定番ギャグ」

これだけでは飽き足らず、井手口さんは読者に情報提供を呼びかけ「全国おでん地図」を作成。読者の好評を博した。

このほか「上手そうに見えるキャディバッグにする方法」も紹介。「フードを外し、キャップとタオルを付けておく。キャディの天敵・ホースの様な筒は絶対外す」

プロが付けていたのを見て、ゴルフにまつわるお守りの情報を呼びかけたら、全国から続々と集まった。雷除けなら上賀茂神社(京都)、イーグルを取るなら鷲神社、カップに入れたい穴守神社、芝にこだわり芝大神宮(以上、東京)……。

2005年、広野で行われている日本オープンを観戦した。観戦チケットが5000円と高額であることに驚いた。この後も名門ゴルフ場好きの読者仲間が門司、下関、古賀と誘ってくれた。

2007年に上京し、2度目の首都圏での生活が始まる。それは妹のルームメイトが転勤を理由に出ていってしまい、経済的に苦しくなったため同居するという単純な理由からだった。

関東の名門ゴルフ場は、かつての職場に比べゆるかった。普通のゴルフ場のキャディさんは朝から晩まで雑用にも追われるが、新しい就職先では10分玄関に立つだけ。キャディ業務が終われば帰宅できる。

仕事だと思っているルールを勉強する時間も出来た。レベル1を受験した友人から勧められ、裁定集を初めて手に取る。

2014年5月、フェイスブックに「ゴルフルールを勉強する会」を立ち上げると、みるみるうちに会員が増え、12月現在で6117人に達している。その中には各都道府県の競技委員たちも含まれていた。

タイミングよく東京都のゴルフ連盟から誘いを受け、レベル1を受ける資格が出来た。「白黒ハッキリつけたいんです。ルールの中で納得したい」。現在はレフェリーができるレベル2まで取得している。

さらに現在は「おじさんたちに踊らされ」玉川大学教育学部教育学科通信教育課程の学芸員コースに入学。「戦前のコースを回るとか。なくなったゴルフ場を回るのが好きなんです。大学には学内に博物館あって実習ができるし、図書館にはレポートを書くための文献が全部揃っている。体系的に勉強していけば、もっとたくさん分かることがある。自分が好きだから、勉強しているんです」

卒業後、具体的に博物館などに勤務することまでは考えていないというが「社会人になってようやく学びたいものが見つかったので、とりあえず自分のために」学芸員の資格を取ることが目標だ。

井手口香さん。日本のゴルフ文化を伝える重要なキーパーソンになっていく素質は十二分にある。

(取材・構成=日本ゴルフジャーナリスト協会会長代行・小川朗)