坂田信弘のラウンド進化論 フィニッシュから逆算してアドレスをつくる

50歳を過ぎると、筋力や柔軟性、瞬発力や反射神経など、体のあらゆる部分がピークのころとは変わってくる。それに対応するには、ゴルフに対する考え方(=ゴルフ脳)を、50歳以上仕様に切り替えることです。

『坂田信弘のラウンド進化論』は、週刊パーゴルフにて連載中!
最新号(3月2日号)では「練習場でも本番でも同じ飛距離、同じ方向性を維持できる
スイングづくりは高い球を打つことから始める」を掲載!
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アドレスやトップスイング、インパクトの形に比べフィニッシュの形を重視しておられる方は少ないように思う。フィニッシュが崩れたにもかかわらず、いい球が出るのは10度に一度あるか否か。となれば、その10度に一度の当たりはまぐれ当たりであろう。フィニッシュ型もトップ型も、意識すべき形であると私は思っています。いいスイングができた結果がいいフィニッシュであり、いいフィニッシュはいいアドレスから生まれるのです。

練習で1球ごとにスタンスを変えていた

 22歳になったばかりのとき、プロゴルファーになろうと決め基礎筋力と体幹強化、そして研修生生活に必要な体力づくりを求めて自衛隊に入った。

 そして2年の任期満了除隊を経て、栃木県の鹿沼CCに研修生として入社した。ゴルフを教えてもらうなら小針春芳プロがいいと思った。

 ゴルフに詳しくはなかったが、小針プロが日本オープンチャンピオンであることは知っていた。素朴な人柄であるとも、伝え聞いていた。私のような器用でない者は、素朴な人を師匠とするのが合っているように思えた。

 軍隊から戻られて日本オープンで勝ったという経歴も、自衛隊を経てプロゴルファーを目指す私にとって親しみを感じるものであった。

 自衛隊を除隊する3カ月前に「弟子入りさせてほしい」と手紙を書き、自衛隊の制服姿で那須GCの小針プロを訪ねた。

 小針プロは、自衛官の制服姿の私と、クラブハウスのレストランで会ってくださった。

「君が自衛隊を退職するころ、那須は雪の季節に入る。プロゴルファーになりたいなら、冬でもゴルフのできる栃木県南部の鹿沼か小山に行ったほうがいいだろう」

 と、おっしゃった。

 その言葉に従い、鹿沼CCに研修生として入った。24歳だった。

 その後、小針プロが鹿沼にいらした際、練習していた私に目を留めてくださった。

 そして、

「あの子のスイングはいい。賢い練習もできている。ものになりそうじゃないか」

 と、支配人に話したそうだ。

 支配人が、

「小針プロの弟子ですよ」

 と、いうと

「ああ、あの自衛官か」

 そう驚いていたという。私の名前は覚えていらっしゃらなかった。自衛官の制服姿だけが、強く印象に残っていたのだろう。

 その話を支配人から聞いたとき、

「自分の師匠選び、そして今やっていることは間違いじゃなかった」と、思った。

 小さな出来事だが、小針プロに褒めてもらえたことは、私にとって大きな自信となった。

 今、私はジュニア塾生と大手前大学ゴルフ部員の指導をしているが、直接の褒め言葉は使わない。直接の言葉は1週間、長くても1カ月で記憶から遠のく。間に人を入れる間接の褒め言葉は生涯残ると思う。

 叱る言葉は逆だ。間接の叱り言葉は悲しみと屈折と憎しみを生むと思う。私はそれをゴルフから学んだ。

 小針プロが褒めてくださった私の練習は1球ずつスタンスを変えて打つ、というものであった。

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