ちょうど90年前、C・H・アリソンが日本に本場のゴルフ場を与えた

チャールズ・ヒュー・アリソン
チャールズ・ヒュー・アリソン 【拡大】
「アリソンバンカー」。ちょっとゴルフを知っているなら、聞き覚えがあるだろう。高いアゴを持つバンカーのことを総称していうのだが、この「アリソン」は、日本のゴルフ場設計において多大なる功績を残した人物の名前であることはご存じだろうか。

その人物とは、1883年生まれの英国人、チャールズ・ヒュー・アリソン。オックスフォード大学で造園を学んだ後、世界で300コース以上のゴルフ場を設計・再設計したといわれる名匠ハリー・コルトに師事。彼の右腕として多くのゴルフ場設計に携わる中で、その見識を高めていた人物である。

アリソンは1度だけ日本に来日したことがある。東京ゴルフ倶楽部が東京・駒場から埼玉県の朝霞へと移転するにあたり、コース設計を依頼し、招聘したのだ(朝霞のコースは現存せず)。来日は1930年(昭和5年)12月。滞在期間は2カ月半ほどだったが、このわずかな期間が、東京GCだけでなく、日本のゴルフ界に大きな影響を残すことになった。

来日するとすぐ、アリソンは朝霞の予定地を視察し、帝国ホテルの自室に10日間ほどこもって一気に東京ゴルフ倶楽部朝霞コースの図面を書き上げた。アリソンとしては、これでお役御免となるはずだったが、当時は全国にわずか20コースほどしかない時代。しかも手探りでゴルフ場を造ったコースもあり、アリソンに「コースを設計してほしい」「コースを見て、意見がほしい」という依頼が殺到した。

そこで、アリソンはできる限りのことをしようと、関西にまで出向いて、設計や改修・改造のアドバイスを行った。設計したのは、東京ゴルフ倶楽部朝霞コース以外に藤沢カントリー倶楽部((神奈川県、現存せず)、川奈ホテル富士コース(静岡県)、廣野ゴルフ倶楽部(兵庫県)。改修・改造のアドバイスを行ったのが東京オリンピック開催コース・霞ヶ関カンツリー倶楽部の東コース(埼玉県)、鳴尾ゴルフ倶楽部(兵庫県)、茨木カンツリー倶楽部東コース(大阪府)。いずれもが日本を代表する名門ばかりで、歴史と共にそのコースレイアウトが高く評価されているコースぞろいだ。

日本の庭園などに深く感銘を受けていたというアリソンは、ゴルフ場設計にも自然との調和を尊び、戦略性に優れたコースを目指していた。それは、その後、日本人のゴルフ設計家が現れてからも大きな影響を与えたという。

ちょうど90年前の真冬、アリソンはここ日本でゴルフ場設計図を描いていた。






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