短期集中連載「素顔の宮里藍」13

5月26日、今シーズン限りでの引退を発表した宮里藍。その後、米女子ツアーに復帰し、いつものように「全力で」残り試合に臨んでいる。過去にパーゴルフPLUSで“今週の藍ちゃん”というコーナーを持ち、宮里藍と懇意にしているジャーナリストの武川玲子が、フィナーレまでの期間、“藍ちゃん”の知られざる素顔を公開していく。

13 あと数パット……

宮里藍が“引退”を決意したのは「モチベーションを維持できなくなったから」だった。そのモチベーションが低下してしまった理由の一つには、最大の目標だったメジャー勝利に届かなかったことが大きい。

メジャー成績の最高位は3位。ルーキーイヤーの全米女子プロゴルフ選手権、2009年の全英リコー女子オープン、2010年の全米女子プロゴルフ選手権でも3位だった。そして2011年、コロラド州のブロードムーアで開催された全米女子オープン。宮里美香とともに優勝争いを演じた大会は、もっともメジャー勝利に近かったのかもしれない。

でも、私の中で一番鮮烈な印象が残っているのは2016年、いわゆる昨年に行われたANAインスピレーション(カリフォルニア州ミッションヒルズCC)での戦いだ。

女子メジャーの初戦、毎年同じコースで開催される唯一の大会は、2015年からANAがタイトルスポンサーになった。宮里は米LPGAツアーに本格参戦する前年の2005年から同大会に出場しているが、最高位は2007年の15位。距離が長くラフの深い難コースと、決して相がいいとはいえなかった。

しかし、2016年大会では初日に67をたたき出し首位発進。2日目も70をマークし、レキシー・トンプソン(米国)と並んで首位をキープした。最終日に75と伸ばせず18位に沈んだが、実はこの大会、「ついにメジャーに勝てるかもしれない」という期待感があった。

その要因はパッティングの復調だった。

宮里がパットに苦しみだしたのは2013年9月、日本女子ツアーのミヤギテレビ杯ダンロップ女子オープンで優勝を逃したころから。当時、「パターを替えたのだけど、オーダーしたのとわずかにシャフトの長さが違って、そのせいで右に押し出す癖がついてしまった」

その影響で2014年、2015年は苦しいシーズンを送った。

2016年も開幕から決して好調だったわけではなかった。3月、米本土の初戦となったファウンダーズカップ(アリゾナ州フェニックス)で予選落ちすると、練習グリーンでキャディーのミック、ビジョン54のピアやリンらと長く話し込んでいた。このときに偶然、パターのロフトが2度しかないことに気づき、翌週の起亜クラシックでは会場で4度に調整。すると転がりがが然よくなり、結果は久しぶりの優勝争いで3位の好成績を残した。その流れが、翌週のANAインスピレーションでの活躍につながったわけだ。

ちなみにメジャーで初日に首位に立つのは、12年にわたる米女子ツアーキャリアの中で初めてのこと。初日、2日目は27パット、3日目、最終日は29パット。それでも最終日に伸ばし切れず、優勝したリディア・コ(ニュージーランド)とは7打差の18位に終わった。

米女子ツアーの距離がどんどんと伸び、パワーゴルフへと変貌している時代に過ごした宮里だったが、それでも正確なショットを武器に対抗した。レクシー・トンプソンがアイアンで攻めるホールを、ユーティリティでぴたりとつける宮里のショットは圧巻だった。だからこそパッティングの復調があれば、まだまだ勝てると確信した戦いだった。

しかし、その夏に宮里は“引退”を決意した。

「春先の良い流れを後半戦につなげられなかったのが残念だった」

シーズン終わりのコメントが頭をよぎる。あのANAであと数パット決まっていたら、その後の宮里の流れは大きく変わったのでは……。私から見れば、このANAインスピレーションがターニングポイントではなかったかと考えている。

文/武川玲子
2016年のANAインスピレーションは宮里藍がメジャー制覇に近づいた大会だった
2016年のANAインスピレーションは宮里藍がメジャー制覇に近づいた大会だった 【拡大】

関連記事一覧

ツアー最新記事一覧

Pargolf Members

すでに会員の方はこちら

最新トピックス


アクセスランキング

ツアー・トーナメント

フォトギャラリー

トーナメントプロ公式サイト・ブログ