海賊と呼ばれた男・出光佐三が門司ゴルフ俱楽部開場に関わった逸話とは?

門司ゴルフ俱楽部の開場式で始球式を行う出光佐三
門司ゴルフ俱楽部の開場式で始球式を行う出光佐三 【拡大】
 海賊と呼ばれた男・出光佐三といえば、出光興産創業者にして、その優れた経営手腕は後世の経営者たちにも大きな影響を与えた人物。その出光は、ゴルフ界にも面白い逸話を残していることは意外と知られていない。
出光は95歳まで生きたが、その人生の半ばを過ぎた50歳まで大のゴルフ嫌いだった。「ウィークデーにプレーするのは有閑階級の遊びごとで亡国的遊戯である。宴会でも車中でもゴルフの話ばかりで、はた迷惑である。ニッカーボッカーにハンチングという服装がいやらしい」と、散々ないいようだった。
ところが、ゴルフ場へ連れていかれてボールを打った日から、その言い分が180度変わってしまった。
「ゴルフは自分で審判した結果を他人に認めてもらう良心的競技である(スコアを自分で書く)。健全な社会保健スポーツである。田舎娘がゴルフの規則を覚えて、しかも行儀よく勤めている(原文ママ)」というわけだ。
 そんなゴルフ愛好家に変身した出光が、地元・門司に求められたゴルフ場建設に大きな貢献をした。そのコースが門司ゴルフ俱楽部だ。
 出光がどう関わって松ケ江(門司ゴルフ俱楽部の愛称)を造ったのか。7月3日発売の小誌7月17日号から3週連続で連載「ゴルフ場を造った男たち」で紹介していくので、ぜひご覧あれ。


ゴルフ場最新記事一覧

Pargolf Members

すでに会員の方はこちら

最新トピックス


アクセスランキング

ツアー・トーナメント

フォトギャラリー

トーナメントプロ公式サイト・ブログ